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【ショートショート】「紫が彩る道」〜古蓮町物語シリーズ⑧〜

今回の登場人物
谷東真生たにひがしまい
 今回の主人公。中学2年生。1年前に家族でこの町に引っ越してきた。美森は『真生姉まいねえ』と呼ぶ。美森の友達である大和やまとは弟。美森のことを気に入っている。詳しくは『女の約束』『救いの王子様』参照。

迫沼美森さこぬまみもり
 小学5年生。あだ名『みーちゃん』。お父さんの都合で夏休み中、古蓮町こはすちょうのおばあさんの所に預けられている。おばあさんの家は駄菓子屋『羽屋商店はねやしょうてん』。

『みーちゃんは花畑を探す名人だ』
 大和が言っていた。
 クワンソウの花畑もあの子が見つけたらしい。

 この街に来て1年。ずっと探している。
 必ずあるはずの道。そしてその先にあるはずの花。あの子なら見つけられるかもしれない。
 私たちが探しているあの花を。

 午前中は集会所で夏祭りの準備をしていた。みーちゃんも子供神輿を作りに来ていたので、それとなく私の探している道の話をした。

「夏のこの時期にね、紫の道がこの地区のどこかに出現するんだって。行ってみたいと思わない?」

 『それとなく』じゃなくて、めっちゃ直接じゃん!とか言ってる人。
 これでも私にとっては精一杯の『それとなく』なんです!

 みーちゃんの冒険好きは知っていた。目の輝きが尋常じゃない。
「行きたい行きたい!ぜーったい行きた〜い!」

 この1年で、ある程度の目星はついていた。
 神社の裏。鬱蒼うっそうと茂る森。あそこが絶対に怪しい。
 午後になって羽屋商店にみーちゃんを迎えに行き、そのまま神社へと向かった。

「ほんとにここにあるの?」
 神社に着くと、みーちゃんは首を傾げていかにも疑わしげだ。
 境内の裏にある木の茂みは、あまりにも雑然としていて、きれいな道を想像できる余地がない。当然の反応である。
「うーん……多分ここだと思うんだよね」
 確信はあるが消去法での確信だから、『絶対』とは言いにくい弱さがある。
 見れば見るほど自信満々から、最も遠い位置に心がシフトしてしまう。

「真生姉!ここじゃない?」
 私が葛藤している間にも、みーちゃんは探索をしていたようだ。
 しゃがんだみーちゃんは木の枝を押し除けて、その中を指差した。

「ほら、紫色の花」

 確かにそこには紫色の花があった。アカツメクサである。その辺に生えている雑草だし、決め手になるほどの決定力はない。とは言え、他に手がかりもないので、とりあえず中に入ってみることにした。

 しゃがんでやっと通れる道。
 もしここが本当に私の探していた道なら、私は一生探し当てることはできなかっただろう。 

 四つん這いのまましばらく歩くと広い空間になり、その先に続く1本の道があった。
 左右はあじさいの花が整然と並んでいて、道を紫が彩っていた。

 私は目を大きく見開いた。鼓動が高鳴る。

「これだよ。これ!みーちゃんすごい!ありがとう!」
 私はみーちゃんに抱きついて飛び上がった。

 みーちゃんホントすごい!

「ほんと?よかった!ねぇ、行ってみようよ」

 アカツメクサの蜜を吸いながら、登り坂を歩いて行く。
「あま〜い!おいしいね。これ」
 みーちゃんは感動していた。
 花びらをつまんで引き抜き、白い部分をチューチューする。

 しばらく野生の甘味に魅了されていたが、それにも限界があった。
「ねぇ、まだぁ?」
 アカツメクサの効果も切れて、みーちゃんの太ももは悲鳴を上げ始めたようだ。

 そのとき、少し先を歩いていた私の全身を紫の風が吹き抜け、そして頂上が見えた。

「みーちゃん、着いたよ!」
 私は駆け上がった。
「真生姉、待って!」
 振り向くとみーちゃんも目を輝かせて駆けてくる。

 そこにはあじさいやラベンダー、コスモスの他にも、ユウゲショウやゲンノショウコ、アカツメクサなどの野草も加わり、様々な紫が織りなす空間があった。太陽の光を受けて美しく輝いている。
 草原は縁側に干してある布団のようにふかふかに見えた。
「着いたー!」
 私は草原に寝転んだ。
「着いたー」
 みーちゃんも真似をして寝転ぶ。

「この町はたくさん花畑があるんだね」
 みーちゃんは花が好きなのだろう。とても嬉しそうに見える。
「そうだね。マニアックなとこにばっかあるけどね〜」
「こんなに綺麗なんだからさぁ、もっとわかるところにあればいいのにね」
「ほんとそれ!なんでこんなに苦労しなきゃないわけ?」
「だよねー!」
 私たちは目を合わせて笑った。

 私にもこんな妹がいればいいのになぁ。

 しばらく仰向けになって空を見ていた。
 風が草原の香りを運んで、私たちの間を静かに吹き抜ける。

 ふと横を見て目を疑った。

 目的のものがそこにあった。

 間違いない。これだ!

 嬉しかったが、態度にも声にも出さないようにした。そして、みーちゃんに気付かれないようにそっとポケットにしまいこんだ。

 みーちゃんは知るべきではない。

 夏休み中預けられているだけなのだから。

 この子を巻き込んではいけない。

 真生姉は何かをポケットに入れた。

『何を入れたの?』
 私は尋ねることをなぜかためらってしまった。

 はぐらかすだろうか?
 正直に答えるだろうか?

 帰り道もずっと考えていた。

 おばあちゃん家に着いても私は考えていた。
 だから「中でお話ししようよ」と誘った。

「うん、また今度ね」
 真生姉は手を振って別れを告げた。
 私は後ろ姿を見送るしかなかった。

 次の日、真生姉は集会所に来なかった。
 『旅行に行った』と大和くんは言っていた。

 あれ?
 昨日は旅行の話なんてしていなかったけど?
 大和くんがここにいるから家族旅行でもないだろうし。何の旅行だろ?
 ちょっと不思議だけど、今度会ったときに聞けばいいよね。

 また一緒にあの道を歩こう。
 紫彩るあの道を。
 アカツメクサの蜜を吸いながら。
 今度は花冠も作ろう。
 紫香るあの草原で。

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