【ショートショート】「紫が彩る道」〜古蓮町物語シリーズ⑧〜
『みーちゃんは花畑を探す名人だ』
大和が言っていた。
クワンソウの花畑もあの子が見つけたらしい。
この街に来て1年。ずっと探している。
必ずあるはずの道。そしてその先にあるはずの花。あの子なら見つけられるかもしれない。
私たちが探しているあの花を。
午前中は集会所で夏祭りの準備をしていた。みーちゃんも子供神輿を作りに来ていたので、それとなく私の探している道の話をした。
「夏のこの時期にね、紫の道がこの地区のどこかに出現するんだって。行ってみたいと思わない?」
『それとなく』じゃなくて、めっちゃ直接じゃん!とか言ってる人。
これでも私にとっては精一杯の『それとなく』なんです!
みーちゃんの冒険好きは知っていた。目の輝きが尋常じゃない。
「行きたい行きたい!ぜーったい行きた〜い!」
この1年で、ある程度の目星はついていた。
神社の裏。鬱蒼と茂る森。あそこが絶対に怪しい。
午後になって羽屋商店にみーちゃんを迎えに行き、そのまま神社へと向かった。
「ほんとにここにあるの?」
神社に着くと、みーちゃんは首を傾げていかにも疑わしげだ。
境内の裏にある木の茂みは、あまりにも雑然としていて、きれいな道を想像できる余地がない。当然の反応である。
「うーん……多分ここだと思うんだよね」
確信はあるが消去法での確信だから、『絶対』とは言いにくい弱さがある。
見れば見るほど自信満々から、最も遠い位置に心がシフトしてしまう。
「真生姉!ここじゃない?」
私が葛藤している間にも、みーちゃんは探索をしていたようだ。
しゃがんだみーちゃんは木の枝を押し除けて、その中を指差した。
「ほら、紫色の花」
確かにそこには紫色の花があった。アカツメクサである。その辺に生えている雑草だし、決め手になるほどの決定力はない。とは言え、他に手がかりもないので、とりあえず中に入ってみることにした。
しゃがんでやっと通れる道。
もしここが本当に私の探していた道なら、私は一生探し当てることはできなかっただろう。
四つん這いのまましばらく歩くと広い空間になり、その先に続く1本の道があった。
左右はあじさいの花が整然と並んでいて、道を紫が彩っていた。
私は目を大きく見開いた。鼓動が高鳴る。
「これだよ。これ!みーちゃんすごい!ありがとう!」
私はみーちゃんに抱きついて飛び上がった。
みーちゃんホントすごい!
「ほんと?よかった!ねぇ、行ってみようよ」
アカツメクサの蜜を吸いながら、登り坂を歩いて行く。
「あま〜い!おいしいね。これ」
みーちゃんは感動していた。
花びらをつまんで引き抜き、白い部分をチューチューする。
しばらく野生の甘味に魅了されていたが、それにも限界があった。
「ねぇ、まだぁ?」
アカツメクサの効果も切れて、みーちゃんの太ももは悲鳴を上げ始めたようだ。
そのとき、少し先を歩いていた私の全身を紫の風が吹き抜け、そして頂上が見えた。
「みーちゃん、着いたよ!」
私は駆け上がった。
「真生姉、待って!」
振り向くとみーちゃんも目を輝かせて駆けてくる。
そこにはあじさいやラベンダー、コスモスの他にも、ユウゲショウやゲンノショウコ、アカツメクサなどの野草も加わり、様々な紫が織りなす空間があった。太陽の光を受けて美しく輝いている。
草原は縁側に干してある布団のようにふかふかに見えた。
「着いたー!」
私は草原に寝転んだ。
「着いたー」
みーちゃんも真似をして寝転ぶ。
「この町はたくさん花畑があるんだね」
みーちゃんは花が好きなのだろう。とても嬉しそうに見える。
「そうだね。マニアックなとこにばっかあるけどね〜」
「こんなに綺麗なんだからさぁ、もっとわかるところにあればいいのにね」
「ほんとそれ!なんでこんなに苦労しなきゃないわけ?」
「だよねー!」
私たちは目を合わせて笑った。
私にもこんな妹がいればいいのになぁ。
しばらく仰向けになって空を見ていた。
風が草原の香りを運んで、私たちの間を静かに吹き抜ける。
ふと横を見て目を疑った。
目的のものがそこにあった。
間違いない。これだ!
嬉しかったが、態度にも声にも出さないようにした。そして、みーちゃんに気付かれないようにそっとポケットにしまいこんだ。
みーちゃんは知るべきではない。
夏休み中預けられているだけなのだから。
この子を巻き込んではいけない。
※
真生姉は何かをポケットに入れた。
『何を入れたの?』
私は尋ねることをなぜかためらってしまった。
はぐらかすだろうか?
正直に答えるだろうか?
帰り道もずっと考えていた。
おばあちゃん家に着いても私は考えていた。
だから「中でお話ししようよ」と誘った。
「うん、また今度ね」
真生姉は手を振って別れを告げた。
私は後ろ姿を見送るしかなかった。
次の日、真生姉は集会所に来なかった。
『旅行に行った』と大和くんは言っていた。
あれ?
昨日は旅行の話なんてしていなかったけど?
大和くんがここにいるから家族旅行でもないだろうし。何の旅行だろ?
ちょっと不思議だけど、今度会ったときに聞けばいいよね。
また一緒にあの道を歩こう。
紫彩るあの道を。
アカツメクサの蜜を吸いながら。
今度は花冠も作ろう。
紫香るあの草原で。
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