【ショートショート】「夕日の色が変わる日」 /シロクマ文芸部
夕焼けはいつも通り青かった。
西暦2224年、とある火星の一角に、地球から移住して10年ほど過ぎた家庭があった。
「さあ、早く家に入ろう」
父は息子を促した。
「そうだね。被膜が限界値に近付いているしね」
息子もうなずいて家の中に入る。
「この被膜との生活も終わるんだ。そう考えると不思議な気がするな」
「本当に外も被膜なしで過ごせるようになるの?家の中みたいに?信じられないな」
「お前はここで生まれ育ったからな。地球ではそれが普通だったんだぞ」
「へーそうなんだ。変なの!」
※
西暦2100年。
21世紀最後の年に、念願の火星移住計画が始まった。
コケ植物の一種である『シントリキア・カニネルウィス』を火星に植え付けたところ、劣悪な環境にも耐えて生き抜いただけでなく、子孫を繁栄させるために一部が突然変異した。
『マーズ・シントリキア・カニネルウィス』と命名されたこの突然変異種(通称:火星ゴケ)は、爆発的な光合成能力を備え、火星環境下でも地球と同じように暮らせる能力を手に入れたのである。
それに注目した科学合同チームは、火星ゴケの体表と葉緑体を応用し、火星環境でも人間が過ごせる被膜を完成させた。宇宙服以上のパフォーマンスを持つ透明かつ頑丈で軽量な被膜は、火星移住を現実のものとした。
人間が火星に住み始めたことで、火星を地球化させるテラフォーミングが現実的に考えられるようになった。しかし、生態系を自然に作るためには『最低1000年の歳月が必要』という学会の最終報告を受けて方針を転換。火星全体を巨大な透明ドームで覆う "パラテラフォーミング計画" が進められることとなった。
ついに明日、パラテラフォーミング計画完成の日を迎える。
地球と同じ環境が火星に誕生するのだ。
※
明日から夕焼けは地球と同じ色になるのか。
青い夕日は今日で見納めかもしれないな……。
父は感慨に浸っていた。
「パパ、ご飯食べましょ」
「あぁ、いま行く」
父は−100℃の外気を遮断し、被膜を脱いで食卓へ向かった。
「今日はトンカツよ」
母が作ったトンカツは美味しそうだ。食欲がくすぐられる。しかし父の心中は複雑だった。
「油ものかぁ。大台に乗ったからダイエットしようと思っていたのに」
お腹の贅肉をつまみながら父は嘆く。
「え!大台って30キロ?ホントに?」
母の驚きに笑いがこもる。
火星の重力は地球の1/3である。
「そうなんだよ」
父は苦笑いするしかない。
「でも明日からは外も被膜なしでいられるようになるんでしょ?これを機にウォーキングでもしたら?」
母は歩くときのように、手を前後に振りながら提案した。
「お、名案だな!仕事から帰ったらウォーキングでも行ってみるか」
「僕も行きたーい!」
「ママも行くわ。じゃあ明日はみんなでウォーキングしましょっか!」
次の日の夕方、『大気ステータス表示板』は "脱被膜" マークが点灯していた。
生身で過ごせる合図である。
3人は今、外に出てオレンジ色に輝く夕日を見ていた。
「うわぁ!何?この夕日の色?」
息子は叫んだ。
息子は今日がオレンジ夕日デビューだ。
「オレンジ色の夕焼け……地球みたいね」
懐かしそうに夕日を見る母。
「そうだな。あの時もこんな色だったな」
隣に並び、父は母を見つめた。
「あの時?」
母は父に顔を向けて不思議そうに首をひねった。
「いや、その……なんだ。プ…プロ……」
汗をかきながら吃る父の姿に、母も顔色が変わった。
どうやら思い出したようだ。
2人のただならぬ雰囲気に、息子は興味深々で2人の顔を交互に見ていた。
「ほ……ほら、パパ!体重20キロ台に落とさなきゃないでしょ?歩きましょ」
「あ?……ああ、そうだったな。よし行くぞ」
「ねぇママ、『ププロ』ってなぁに?」
夕焼けより少し赤い顔をしながら歩き始めた父母を、息子は首をかしげながら追いかける。
地球と同じ色の夕焼けが3人を優しく包んでいた。
終
こちらに参加させて頂きました!
毎回ホント楽しくお題に取り組ませていただいています。ありがとうございます😊
「火星の夕日は青い」というところから作ってみました!
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