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【ショートショート】「欠陥品のレモネード」/シロクマ文芸部『レモンから』

 『レモンから始まる恋』なんて聞いたら、みんなは甘酸っぱく切ない恋物語を想像するだろうか。

 英語のスラングでレモンには『欠陥品』『未熟者』などの意味がある。

 私はそっちの方。まさに欠陥品。

 "When life gives you lemons, make lemonade."
 『酸っぱくてどうしようもないレモンを与えられても、それで美味しいレモネードを作ればいい』

 そんな前向きなことわざがあるらしいけど、欠陥品はいくつ集めても欠陥品。
 私はいつもそう。
 何をやっても失敗ばかり。

 自分に絶望していた中学生のとき、偶然見た光景があった。
 同じ学校の先輩が、迷子の子が泣いているのを見てオロオロしながらその子に声をかけ、一生懸命あやしながら手をつないで交番まで連れて行く姿。

 その優しさにドキッとした。
 どうしていいか分からず困っている様子が可愛いかった。
 別れ際に子供目線になって、その子の頭を撫でる姿に胸がキュンとした。

 その日から、その先輩の姿を探す自分がいた。
 先輩が入学した高校に頑張って合格した。

 私の恋物語はこれから始まるんだ!

 ……とは言っても、声をかける勇気はない。

 総体の前に先輩の姿を思い描いて作った人形型のお守りに、

『頑張って下さい』

と手紙を添えて先輩の靴箱に忍び込ませるのが精一杯だった。
 古典的な方法だって笑うかもしれないけど、私にはそれしか思い浮かばなかった。

 家に帰ってから気付いた。
 先輩の靴箱に入れたのは、鼻の取れかかった失敗作の方だった。

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 まさにレモン。
 私は欠陥だらけのレモン人間。

 生徒会に入っている私は『生徒会だより』という壁新聞の記事書きを任されていた。
 こんな気分のときにばかり仕事が回ってくる。
 今にも泣きそうな気持ちで、ただ呆然と職務をこなした。
 壁新聞の装飾に描かれていたレモンの絵。
 見るのも嫌だった。

 数日後の帰り道。
「あの……」
 声をかけられ、振り向くとそこには先輩がいた。

 え?先輩?ど……どうして?

「これくれたの、君だよね?生徒会だよりの字がそっくりだったから」
 先輩は私が書いた手紙を持っていた。
「ち……違います!」
 頭の中がパニック状態。

 何を言っているの?私!!

「あ、違った?ゴメン、人違いだったようだね」

 そうじゃなくて……!!

「こ……こっちがレモンじゃない方です!」
 気が動転して、本来靴箱に入れるはずだったお守りを差し出してしまった。
 しかも慌てて出した瞬間に、カバンに引っかかって鼻が取れそうになって……。
「あ!こっちもレモンにぃぃぃ!」
 愕然とする私。
「え?レモン?どういう意味?」
 不思議な顔をしている先輩。

 自分の発言を説明しているなんてバカみたい。
 好きな人の前で、なんでレモンの意味を説明しているんだろう……。

 滑稽すぎて涙も出ない。

「俺だってレモンだよ。前に小さい子を交番連れていったときがあったんだけど、何もできなくてさ……」

 知ってる。知ってるよ。先輩。
 レモンなんかじゃない。すごくかっこよかったよ。

 先輩はカバンの中から大事そうに小さな箱を出して開けた。
「これ見たとき思ったんだ。すごく頑張って作ってくれたんだなって」
 そこには鼻の取れかかった『レモン』があった。
「だから俺はこれが好きなんだ。そっちは君が持っていて」
「え、でも……」
「それでさ、たまに交換しよ。お互いの『レモン』を『レモン』のままで」
 照れくさそうな先輩の笑顔。

 私の心に爽やかな香りがする風が吹き抜けた。

 先輩。
 私たち2人のレモンで、甘くて美味しいレモネードは作れますか?




 こちらに参加させて頂きました。いつも楽しいお題をありがとうございます。
『レモン』と聞くと、頭の中では『青春』のイメージがあって、柄にもなくこんなストーリーを作ってみました。よろしくお願い致します。

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