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とびきりのオシャレをお一人様で。

下着姿で寝転んでいる。先ほどまできちりとクローゼットに収められていた洋服たちは無造作に床に散りばめられ、寝転ぶ私の下敷きとなっていた。

なにを着てもしっくりとこない。爽やかな白いパンツも、利発そうなネイビーのシャツも、夏らしい鮮やかな赤のワンピースも、なにを着てもこれだとは到底思えそうになかった。

なんというか、心が躍らない。今日の私はファッションにげんなりしていた。

ここ数年、オシャレをするのは自分のためだと言いつつも、なんだかんだ誰かに合わせてコーデを組んでいる。その日出会う人にステキと思われることが自分の活力になり、それが自身のためになっていた。

しかし、今日は誰にも会う予定がない。ということは、誰かに合わせたコーデをする必要がない。ならば、何を考えて洋服を決めたら良いのだろうか。

「どうしよう」という空虚な言葉が天井に吸い込まれていく。それでも、下着一枚のこの姿のままで一日中寝転がっている訳にはいかない。私は重い身体を起こし、Tシャツを1枚だけ羽織って洗面台へと向かった。

外出をする予定がない日でも、基本的にメイクはしている。理由は簡単で、日焼け止めを塗るからだ。

日焼け止めを塗る→顔がベタつく→ベタつきを抑えるためにパウダーをはたく→血色のない白い顔が気になる→リップを塗る→眉が薄いのが気になる→眉を描く→目元が...(以下略)

という「風」と「桶屋」のような流れで、私のメイクはいつの間にか完成している。


洗面台に備え付けられた鏡の前で日焼け止めを塗り、粛々とメイクを進めていく。リップを塗り、眉を描き、アイシャドウパレットを開いて……

そこで、ふと手が止まった。

どうせ誰にも会わないのなら普段と違うメイクをするのもありもしれない。

そんな小さな好奇心が頭に芽生えた。

好奇心のいいなりになりながら、いつも使わない色に指を伸ばす。色はカーキーだ。少し攻めているような気もしたが、今日は誰にも会わないと思えば案外気が楽だった。

まぶたをカーキーにするならリップは何色にしよう? チークはなし? ハイライトは? シェーディングは......

まぶたに色をのせながら、私は次の工程について考えをめぐらした。鏡の向こうに全神経を注ぎつつ、色味や形を調節し、各パーツのバランスを整えてゆく。最後にリップを塗り直し、私は再び鏡を見た。

少し派手な気もするが、思ったよりも悪くない。普段と違う顔に少し戸惑いを覚えつつも、気分は案外悪くなかった。


しかし、こうなってくると気になってしまう。

顔がばっちりメイクなのに、服はTシャツのみ。ちょっとばかりちぐはぐが過ぎるのではと感じた。わざとそんなアンバランスさを楽しむというのも乙かも知れない。しかし、せっかくここまでやったのならば今日は洋服まできちんと決めてしまいたかった。

本日のメイクはハンサムなカーキーに、女性的なピンクのくすみリップで甘さを足している、つもりである。なので、洋服は黒のTシャツにカーキーのパンツを合わせ、アクセサリーは多めにつけることに決めた。


一度気分が乗ってしまえば、こっちのものである。メイクを終えてからは洋服、アクセサリー、靴、帽子とあっという間に決まっていき、気がつくと目の前の鏡にはばっちりオシャレをしている自分が写っていた。

あんなに悩んでいたのは一体なんだったのか。

自分でいうのもなんなのかも知れないが、鏡に映る自分は素直にステキだと思った。少し個性的なファッションだから、賛否両論別れるかも知れない。それでも少なくとも私はこの私のことを好きだと、そう思った。

折角だしと私は玄関の扉を開き、外に出る。もちろんお気に入りの日傘を引っ提げてだ。

ファションほど人間らしい営みってないのではと、ときどき思う。そもそも服を着るという行為自体、ほとんどの動物がやっていないことだし、さらには個性を出すためだったり、統一感を出すためだったりと行う目的が人によってばらばらだったりする。

ファッションにはたぶん正解がない。だからこそ難しいんだろうなと思う。けれど、ファッションのそういう面に惹かれている人は多いだとも思う。

少なくとも、自分はそうだ。誰かと合わせて仲間感を演出しようと勝手に試みたり、あえて違う格好をして個性的な自分に酔ってみたりする。それが、楽しいのだ。

「カーキーのアイシャドウ珍しいですね。あと日傘、カワイイです。」

散歩途中、立ち寄ったカフェで店員さんが話しかけてくれた。

ただ単におべっかを使われているだけなのかもしれないし、高度なマウントとかだったりしたのかもしれない。言葉の真意はわからない、それでも今ならなんでもいいやと思えた。

「ありがとうございます。お気に入りなんです。」

そう笑顔で答えて、私はカフェラテを受け取った。

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