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浅煎りと深煎り、行ったり来たり

浅煎りコーヒーに目覚める

 私は酸っぱいコーヒーが苦手で、深煎りコーヒーを好んで飲んできました。
 ところがある時、初めて入ったお店で飲んだコーヒーの酸味がびっくりするくらいおいしく感じられました。
 酸っぱいことには酸っぱいのですが、フルーティな風味が爽やかで心地良いのです。また、その酸味が豆の持つ甘味をいい具合に引き立てていました。「コーヒーは果実だ」と聞いたことがありますが、その意味を実感できた気がしました。
 それまでは、焙煎によって生まれる香ばしさや苦味がコーヒーのおいしさだと私は思っていました。でも、コーヒーの味はそれだけではなかったのです。
 きっとコーヒー豆本来の風味は、焙煎が深くなるほど飛んでしまったり、香ばしさや苦味に隠れてしまうのだな、とそのとき思いました。この一杯で浅煎りに目覚めました。
 そのコーヒーを飲んだのは、Fuglen(フグレン)というお店です。自家焙煎で浅煎りにすることで、コーヒー豆の風味を活かすことにこだわっているそうです。

Fuglen Tokyo
本店はノルウェーだそうです
本日のコーヒー410円(2024年2月)
はじめて飲んだ日はホンジュラス産の豆でした

 ただ、浅煎りに目覚めたと言っても、何でもいいというわけではありません。
 別の店で浅煎りコーヒーを飲んでみると、嫌な酸っぱさが感じられたり、やたらと味が薄かったことも。原料や焙煎、淹れ方によって味は大きく違ってくるのでしょう。いろんな店で飲むうちに、浅煎りでも口に合うものとそうでないものがある、とわかってきました。

再び深煎りコーヒーにはまる

 浅煎りコーヒーの魅力にとりつかれた私でしたが、再び深煎りに揺り戻される一杯と出会ってしまいました。
 散歩中に休憩したくて、近くのコーヒー店をスマホで検索して出てきたのが、深煎り専門の自家焙煎のお店でした。
 路地を少し入ったところにそのお店はありました。4〜5人座ればいっぱいの小さな店舗です。運良く1人分の席が空いていました。
 まずはメニューについて教えてもらいました。何種類かある中から豆と、淹れ方(ネルドリップかペーパードリップか)を選びます。同じ豆でもネルドリップの方が濃厚な味わいになるそうです。
 豆はエチオピア産を選択。この豆はネルドリップで淹れるのがおすすめだというので、それをお願いしました。
 カウンターの目の前で作業の一部始終を見ることができました。
 豆の量はデジタルスケールできっちり計っています。かなり多めであることに驚きました(私も自宅で豆を挽いてコーヒーを淹れますが、一杯分にこんな量を使ったことはありません)。
 ポットのお湯も温度計でチェックしています。ひとつひとつの工程が厳密です。
 そうしたプロセスを経てカップに注がれたコーヒーを一口含んで、これはすごい、と思いました。
 まず驚いたのは、柔らかな口当たりです。苦味よりも甘味がまさっています。そして、深煎りなので酸味こそありませんが、いろいろと複雑な味がします。それらが調和して、とてもまろやかなのです。エチオピアは浅煎りで飲んでもおいしい豆ですが、深煎りにしてもエチオピア特有の華やかな個性がしっかりと残っていました。その一方で浅煎りにはない深いコクが加わっています。
 きっと、丁寧な淹れ方だけでなく、焙煎の技術によるところも大きいのでしょう。普通なら熱で損なわれてしまう豆の持ち味が、煎り方の工夫でうまく引き出されているのです。深煎りの香ばしさに覆い隠されることなく、苦味が邪魔することもなく、風味が生きている感じです。
 今まで私は、ボディが強めで苦味が効いていることが深煎りコーヒーの良さだと思っていましたが、こういう繊細な味わいもあるのだと知りました。
 私が改めて深煎りコーヒーに目覚めたのは、G☆P COFFEE ROASTER(ジーピー コーヒーロースター)というお店です。

G☆P COFFEE ROASTERの店舗
深煎りのネルドリップコーヒー
600円(2024年2月)
※追記 2024年4月再訪時は800円でした。

浅煎りコーヒーの更なる境地

 深煎りコーヒーの良さが改めてわかり、しばらくは産地の違う豆を飲み比べたりしていましたが、暖かい季節になってさっぱりとした浅煎りコーヒーもまた飲みたくなってきました。
 再びFuglenに行ってはみたのですが、最近はインバウンドの方々で混み合っていて長い行列ができていることが多く、落ち着いてコーヒーが飲める雰囲気ではなくなってしまいました。
 そんな中、ひと駅隣のエリアに、Fuglenの新しい店舗ができました。Instagramを見ると、予約優先で静かにコーヒーを楽しめそうな感じです。これは行ってみたいと思いました。
 しかしながら、予約を入れようとして、ちょっとためらいました。系列の他店舗よりも価格がかなり高いのです。庶民が気軽に飲みに行くお値段ではありません。
 迷いましたが、他の店舗にはないサービスがあるらしいのが気になります。思い切って行ってみることにしました。

 住宅地の中に古民家を改築した店舗が。なかなか渋い雰囲気です。

Fuglen Sangubashi
こちらでの支払いは現金不可
※追記 4月よりテイクアウトも始まったそうです

 カウンターと大きな丸テーブルがひとつ。席数は多くありませんが店内はゆったりしています。
 席に案内されると、まずお店についての説明がありました。コンセプトは「みがく」。コーヒー豆のおいしさをより手間暇かけて引き出す、ということのようです。
 私が予約の時に選んだのはコーヒー2杯のコース。1杯目と2杯目で豆の種類が変わります。いずれもFuglenが得意としている浅煎りです。
 1杯目はエチオピア産を選択。まず、店員さんが豆を手回しのミルで挽くことから始まりました。電動だと摩擦熱で味が変わってしまうというのです。次に、挽いた粉を容器に入れて振り始めました。コーヒーを淹れる工程で、普通は見ることのない作業です。
 しばらくして容器の蓋が開けられました。聞けば、コーヒーの粉をふるいにかけ3段階の大きさに分けていたとのこと。粗すぎる粉と細かすぎる粉を取り除くためなのだそうです。粒の揃ったところしか使わないとはなんとも贅沢です(除かれた粉の行方が気になるところ。捨てるのはもったいないから下さい、と言いたかった…)。フィルターも通常のものとは透過性の違う特別なものを使っているとか。

ふるいにかけられたコーヒーの粉

 こうして出来上がったコーヒーは、今まで経験したことのない、とても澄んだ味がしました。雑味がない、とはこういうことをいうのでしょう。エチオピア特有の、柑橘のような風味が上品です。
 2杯目に選んだのは沖縄産のオーガニックコーヒー。国内でコーヒーが生産されていたとは知りませんでした。こちらも果実のような味わい。酸味はありながらも、柑橘系の爽やかさとはまた違った濃厚な風味です。冷めていくにつれて味わいが変化していくのも面白いです。これはせっかちに飲むのではなく、時間をかけて味わいたいコーヒーです。
 この豆に限らないのですが(また浅煎り・深煎りにかかわらず)複雑な味のコーヒーというのは、飲む温度によって前面に出てくる味が違うのですね。そのことが、最近コーヒー店めぐりをする中で私にもわかってきました。

作家さんにオーダーしたというカップ
お店の雰囲気ともよく馴染むやきもの

 手間暇かけたコーヒーを2杯、ゆっくりと味わい、こういう世界もあるのだと貴重な体験をした思いです。
 けれども、丁寧なサービスにはそれなりの時間と代金を要します(ちなみにこの日私が2杯のコーヒーに支払った金額は、3,500円くらいでした)。よほどゆとりのある人でないと、こういったお店にしょっちゅう通うのは難しいかもしれません。

 浅煎りと深煎りを行ったり来たり。いろいろなコーヒーを飲んで、もっと味がわかるようになりたいです。

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