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嘘なのか嘘じゃないのかわからない表現への戸惑い

toron*さんという方の短歌が好きだ。

自分の生活のはっきりした感触がないと短歌にできない自分とは違って、飛躍した想像や、こんなこと考える人がいるなら、人ってこうも感じそうだよね、という歌に驚かされる。

昨年の誕生日にもらった歌集『イマジナシオン』も大事に読んだ。
好きな歌もたくさんあった。

でも、一首だけ、受け止められない歌があった。その歌のせいで「なんだ全部嘘なのか」と思って一回、歌集を置いた。

たぶん評判もいいであろうこの歌だ。

海の日の一万年後は海の日と未来を信じ続けるiPhone
『イマジナシオン (新鋭短歌シリーズ)』©2022 toron*/書肆侃侃房

システム開発の経験がある人なら違和感を覚えるはずだ。

日付の型は、yyyy/mm/dd形式。

さらに昔の日付は、yy/mm/ddというデータしか持っていなかった。昔のコンピュータは、2000年になっても(00/01/01)、それが1900年の日付と区別がつかなくて、日付計算が正しく行われず、2000年の日付を迎える時に不具合を起こすとされた2000年問題があった。

この先も、2038年問題が控えている。1970年1月1日に、0からカウントアップするタイプの日付は、当時の整数型の上限、2038年1月19日を持って日付の上限を迎えるというやつだ。

他にも日付型は、 2155年を上限としているデータ型もある。

2079年を上限としている型もある。

とにかく、日付の形式は、yyyy/mm/dd形式であって、年月日を分けて整数を入れ込んだとしても、入力可能な年は、4桁の上限9999年までだ。

表示上も日付が入るエリア(枠)は、スラッシュ(/)も含めて、10桁の枠しか設けていない。

だから最初に、この歌を読んだ時に「なんだ全部嘘なのか…」と思ってしまって、受け止めることができなかった。もちろん、そんな頑なさを維持できるはずがなく、すぐに歌集に戻って、短歌を楽しんだのだけれど、没入感が失われたことは確かだ。

多くの人と同じように、「お!」と目に留まって、次の瞬間、「なんだ嘘か…」と思ってしまうまでは、いい歌だと認識していた。創作に嘘があっちゃいけないなんてことはない。フィクションだって楽しい。でも、現実にありそうなことには、リアリティや質感が伴っていないといけない。システム開発をしていた人として、リアリティを感じなかった。


歌集を一度読み終わった後も、ことあるごとにこの歌を思い出した。
もったいないなー、事実だったらよかったのに…、とずっと思っていた。


でも、ちょっと待てよ、日付型って今でも変わってないの?


私がシステム開発の仕事をしていたのは2019年ごろまで。実際にデータ型を意識してコードを書いていたのは2020年くらいまでだ。最新の日付の扱いはどうなってるんだろう。表示上も日付のエリアは、普通4桁までしか用意しないけど、もしかすると…。アップル社の製品は、いたるところに驚きをくれる。そんな日付だって表示してくれるかもしれない。
(表示だけならいくらでも実装方法はある)

そう思って調べると、なんと、こんな記事を見つけた!

西暦1万年以上の日付だ!

たぶん今でも多くのシステムでは、2000年代後半までを上限とする日付型を使っているだろう。でも、表示の上だけでも、アップル社もGoogleも西暦1万年以上の日付を用意してくれているのだ。人類がそこまで生きていても、西暦が使われてる保証もない。でも、西暦1万年より先の日付が表示されることにロマンを感じる。

toron*さんは、たまたま西暦 12019年の海の日を見たのかもしれないし、やっぱりただの想像だったのかもしれない。そんなことはどっちでもいい。作者に正しさなんか強いる気持ちはない。たまたま、私にとって、リアリティを感じなかった歌があったというだけだ。でも、1万年以上の日付があるのかー と思ってからもう一度読んで、あらためていいな、と思った。

人類が生きていても、1万年後、西暦だってあるかわからない。日本という国だってあるかわからない。1万年後過去にあったどっかの国の祝日の一つが1万年後に存在しているわけがない。でも、それを無邪気に表示しちゃうコンピュータってものに、不思議な感情を改めて感じた。

現在、日本にいる150万人といわれるITエンジニアのうち(システム開発に関わる人を含めたら何万人いるだろう)、何人がこの歌を目にするかわからない。西暦1万年以降の日付が表示される事実があることも知らずに、私のように勝手に嘘だと決めつけるエンジニアもいるだろう。
(これだって記事にあるだけで、自分で確認したわけじゃない)

フィクションによる創作だけじゃなく、事実であったとしても、誰かにとって嘘だと感じてしまう表現はある。


きっと私も法律も知らないのに、法律ってこういうもんでしょ、って決めつけた歌を読むこともあるだろう。体験したことを詠んだように見せているのに、物理法則を無視した歌を読むこともあるだろう。専門の研究者じゃなければ、最新の事実なんてわからない。でも何かの事実(それが真実じゃなくても)を知る人からすれば、下手な嘘に見えてしまうことがある。リアリティを感じない。


もし自分の空想で作ったいい短歌ができることがあって、「あれ? こんなことって実際にあるのかな?」と確認できることがあれば、自分でも確認してみようと思う。例えば、何時間かiPhoneをフリックすることになったとしても。自信を持って短歌を表に出せるように。私と同じように、事実を知った後に、またいいなと思ってもらえるように。

海の日の一万年後は海の日と未来を信じ続けるiPhone
『イマジナシオン (新鋭短歌シリーズ)』©2022 toron*/書肆侃侃房


はぁ、今年一番スッとした。

一瞬だけ好きになった歌をまた好きになれてよかった。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。