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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(七九、八〇)
普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。
教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。
だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。
七九.左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)
秋風に たなびく雲の 絶え間より
もれ出づる月の 影のさやけさ
(あきかぜに たなびくくもの たえまより
もれいずるつきの かげのさやけさ)
現代語訳
秋風に たなびく雲の 切れ間から
もれてる月の 光はくっきり
英訳
Autumn breezes blow
long trailing clouds.
Through a break,
the moonlight--
so clear, so bright.
trailing /ˈtrelɪŋ(米国英語), ˈtreɪlɪŋ(英国英語)/trailの現在分詞。引きずった跡、 通った跡、 痕跡(こんせき)、 船跡、 航跡
解釈
一首は特に珍らしさもない情景であるが、秋風にきらめく雲間の月光のみずやかさを、「もれ出づる」の一語によって感得させる。清婉な余情を含む歌というべきだろう。
感想
馬場あき子さんの文にあるように「もれ出づる」の一節で印象が決まるような歌。なるほど、一節、新しい表現があれば、印象に残るのね。もちろん、陳腐な場面じゃないほうが目を惹くと思うので、言葉一つ生む努力は、後回しで。大変だしね。
八〇.待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)
長からむ 心もしらず 黒髪の
乱れてけさは ものをこそ思へ
(ながからむ こころもしらず くろかみの
みだれてけさは ものをこそおもえ)
現代語訳
長続きさせると言うけど 今朝の髪
ほつれて私は ああ もの思い
英訳
After you left this morning
my raven locks were full of tangles,
and now--not knowing
if you will always be true--
my heart is filled with tangles, too.
ra・ven / réɪv(ə)n(米国英語), ˈreɪvʌn(英国英語)/ワタリガラス
raven locks / 黒髪、漆黒の髪
tangles /ˈtæŋgʌlz(米国英語)/ tangleの三人称単数現在。tangleの複数形。(…を)もつれさせる
解釈
「長からむ心」は万葉以来女の期待しつづけた男への愛の求めである。寝乱れた黒髪を身に感じながら、男を帰した後の物思いが、さながら黒髪の乱れの末の分かちがたいように不安なのだ。黒髪と一体化している女の情が、妖しく艶な姿態とともに訴えられている。
「またしても」と言いたくなります。同じことを何度もやられると「そうか!」と思います。藤原定家は、男が詠んだ静かな景色の歌と、女が詠んだ激しい恋の歌を一緒に並べるのが好きなのです。前には「宇治川の朝霧の歌」と、プライド高く袖を濡らす相模の歌を並べました。「夕暮れ時の秋風の歌」と、「高師の浜の浮気な波はいやだ」と言う祐氏内親王家紀伊の歌も並べました。ここもおなじです。「美しい秋の月の歌」とペアになるのは、長い黒髪の女の恋の悩みです。
男は「長続きさせるよ」と言うけれど、女はどうも信じられない。男が出て行った朝、女の長い髪は恋の行為のおかげで乱れている。「長い――でも乱れてる。これが私の恋の未来なの?」と、女は直感で思ってしまうのです。白く透明な月の光と、肉感的な女の黒い髪との対比は、ちょっとすごいです。
感想
恋の歌、男女関係が多いけど、相手と自分の見え方、解釈の違い、という視点で歌を詠むのはおもしろいかもしれない。俳句くらい短いと難しいけれど、三十一音は、それくらいをさせてもらえるギリギリ短い詩形だと思うから。
※引用図書の紹介
『百人一首がよくわかる』
国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。
『英語で読む百人一首』
百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。
『百人一首 (平凡社カラー新書)』
馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。
いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。