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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(七九、八〇)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

七九.左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)

秋風に たなびく雲の 絶え間より
もれ出づる月の 影のさやけさ

(あきかぜに たなびくくもの たえまより
 もれいずるつきの かげのさやけさ)

現代語訳

秋風に たなびく雲の 切れ間から
もれてる月の 光はくっきり

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Autumn breezes blow
long trailing clouds.
Through a break,
the moonlight--
so clear, so bright.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

trailing /ˈtrelɪŋ(米国英語), ˈtreɪlɪŋ(英国英語)/trailの現在分詞。引きずった跡、 通った跡、 痕跡(こんせき)、 船跡、 航跡

解釈

一首は特に珍らしさもない情景であるが、秋風にきらめく雲間の月光のみずやかさを、「もれ出づる」の一語によって感得させる。清婉な余情を含む歌というべきだろう。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

感想

馬場あき子さんの文にあるように「もれ出づる」の一節で印象が決まるような歌。なるほど、一節、新しい表現があれば、印象に残るのね。もちろん、陳腐な場面じゃないほうが目を惹くと思うので、言葉一つ生む努力は、後回しで。大変だしね。

八〇.待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)

長からむ 心もしらず 黒髪の
乱れてけさは ものをこそ思へ

(ながからむ こころもしらず くろかみの
 みだれてけさは ものをこそおもえ)

現代語訳

長続きさせると言うけど 今朝の髪
ほつれて私は ああ もの思い

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

After you left this morning 
my raven locks were full of tangles,
and now--not knowing 
if you will always be true--
my heart is filled with tangles, too. 

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

ra・ven / réɪv(ə)n(米国英語), ˈreɪvʌn(英国英語)/ワタリガラス
raven locks / 黒髪、漆黒の髪
tangles
/ˈtæŋgʌlz(米国英語)/ tangleの三人称単数現在。tangleの複数形。(…を)もつれさせる

解釈

 「長からむ心」は万葉以来女の期待しつづけた男への愛の求めである。寝乱れた黒髪を身に感じながら、男を帰した後の物思いが、さながら黒髪の乱れの末の分かちがたいように不安なのだ。黒髪と一体化している女の情が、妖しく艶な姿態とともに訴えられている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 「またしても」と言いたくなります。同じことを何度もやられると「そうか!」と思います。藤原定家は、男が詠んだ静かな景色の歌と、女が詠んだ激しい恋の歌を一緒に並べるのが好きなのです。前には「宇治川の朝霧の歌」と、プライド高く袖を濡らす相模の歌を並べました。「夕暮れ時の秋風の歌」と、「高師の浜の浮気な波はいやだ」と言う祐氏内親王家紀伊の歌も並べました。ここもおなじです。「美しい秋の月の歌」とペアになるのは、長い黒髪の女の恋の悩みです。
 男は「長続きさせるよ」と言うけれど、女はどうも信じられない。男が出て行った朝、女の長い髪は恋の行為のおかげで乱れている。「長い――でも乱れてる。これが私の恋の未来なの?」と、女は直感で思ってしまうのです。白く透明な月の光と、肉感的な女の黒い髪との対比は、ちょっとすごいです。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

恋の歌、男女関係が多いけど、相手と自分の見え方、解釈の違い、という視点で歌を詠むのはおもしろいかもしれない。俳句くらい短いと難しいけれど、三十一音は、それくらいをさせてもらえるギリギリ短い詩形だと思うから。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。