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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(一三、一四)
普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に入ってきたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。
教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌時のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。
noteで書くことに困った時にまとめる予定。一つのnoteには、2首ずつ取り上げたい。2首、取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら、意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて見る作業は、短歌の連作を作るアイデアにもなるかもしれない。
一三.陽成院(ようぜいいん)
筑波嶺の みねより落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
(つくばねの みねよりおつる みなのがわ
こいぞつもりて ふちとなりぬる)
現代語訳
筑波嶺の 峰から落ちる 女男川(みなのがわ)
恋は積もって 淵になります
英訳
Just as the Minano River
surges from the peak
of Mount Tsukuba,
so my love cascades
to make deep pools.
surges /ˈsɝdʒʌz(米国英語), ˈsɜ:dʒʌz(英国英語)/波のように押し寄せる、波打つ、揺れる、わき立つ、渦巻く
cascades /kæˈskedz(米国英語), kæˈskeɪdz(英国英語)/小滝、階段状に連続する滝、滝状に垂れたレース(など)、(菊などの)懸崖(けんがい)作り、縦つなぎ
解釈
これは実際に女に贈られた妻問いの歌である。対象は釣殿の宮と称した綏子(やすこ)内親王で、やがて陽成院妃となった。『風土記』以来東国最大の歌垣(うたがき)(男女集って歌舞し、自由な交流が許されていた)の地であった筑波山も、よく恋の抒情を加えている。万葉には「筑波嶺の石(いわ)もとどろに落つる水」とうたわれているが、陽成院の一首はその水の清冽をみるようにひびきが勁(つよ)く、しかも流麗である。
実は、茨城県の筑波山(筑波嶺)は、『万葉集』の昔には、男女が出会う「歌垣」というイベントが開催されたことで有名なんです。まだ若かった陽成天皇はそれを知っていて、「筑波嶺=いいなァ、うらやましいなァ」と思ったんですね。「みんな出会って恋してるのに、僕はじっと我慢してるだけだ。僕の気持ちをわかってくださいよ」というつもりで、この歌を詠んだのだと思われます。この歌は、恋しいと思う女性に贈った、陽成天皇のプロポーズの歌です。
感想
恋する気持ち、相手を想う気持ちが「積もる」というのは、昔からある表現だ。実際には、単に積もっているだけでもなくて、この表現のように溜まって、そしてさらに澱んでいくような感じもある。きれいな印象の歌の中に、ちゃんと、淵となりぬる、という気持ちの溜まり方を感じさせるのが、いい。
一四.河原左大臣(かわらのさだいじん)
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
乱れそめにし 我ならなくに
(みちのくの しのぶもじずり たれゆえに
みだれそめにし われならなくに)
現代語訳
東北の しのぶ摺りだよ 誰のせい
乱れ模様は 僕からじゃない
英訳
My heart's as tangled
as the wild fern patterns
of Michinoku's Shinobu cloth.
Since it is not my fault
whom should I blame for this?
tangled/ˈtæŋgʌld(米国英語)/(…を)もつれさせる、紛糾させる、巻き込む
fern /fˈɚːn(米国英語), fˈəːn(英国英語)/ シダ
patterns/ˈpætɝnz(米国英語), ˈpætɜ:nz(英国英語)/(思考・行動・文などの)型、様式、パターン、図案、模様、柄(がら)、図形、原型、模型、(洋裁の)型紙
blame /bléɪm(米国英語), bleɪm(英国英語)/非難する、とがめる、負わせる、(…を)(…の)せいにする、帰する、(…の)せいにする、のろう
解釈
「陸奥の信夫郡(みちのくのしのぶごおり)」というのは、今では福島県に属しますが、ここには特産品で「捩じ摺り(もじずり)」とか「信夫捩じ摺り(しのぶもじずり)」あるいは「忍ぶ捩じ摺り」という染織品がありました。「捩じる」というのは「ひねる」ということで、この染め模様は少しパンクだったんですね。だからこれを「乱れ染め」とも言います。「そういうものがあったんだ」と思いましょう。そういう言葉を持ち出して、「乱れ初めたのは僕のせいじゃない」と言ってるんですね。「あなたがいたから僕の心は騒ぐ。あなたのせいです」という、ちょっと押しつけがましい求愛の歌です。
この一首のために、信夫山のほとりには左大臣融(とおる)とみちのく乙女の悲恋伝説が生まれた。しかし、もちろん融が都を離れたことはない。融は嵯峨天皇第十二皇子、賜姓の源氏である。
(略)
この一首は『伊勢物語』の歌「春日野の若紫のすり衣ししのぶの乱れかぎりしられず」の本歌ともなっており、当時から愛誦されていたことがわかる。
感想
自分の心底にあるものとして、身勝手な求愛の歌というのは、心に留まりやすい。年を重ねて、人に迷惑をかけずに、人を好きになれるようになってきているので、もうちょっとしたら、言葉は荒々しくとも、客観的に昔の自分を観察して、こういう気分の歌を詠めるかもしれない。
※引用図書の紹介
『百人一首がよくわかる』
国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。
『英語で読む百人一首』
百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。
『百人一首 (平凡社カラー新書)』
馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。
いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。