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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(三五、三六)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめる予定だったが、最近は週一回、必ずまとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

三五.紀貫之(きのつらゆき)

人はいさ 心も知らず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほひける

(ひとはいさ こころもしらず ふるさとは
 はなぞむかしの かににおいける)

現代語訳

人はどう? わからないけど この場所で
花は変わらず 匂ってるよな

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

As the human heart's so fickle
your feelings may have changed,
but at least in my old home
the plum blossoms bloom as always
with a fragrance of the past.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

fick・le / fíkl(米国英語)/変わりやすい、気まぐれな、移り気の
plum/plˈʌm(米国英語)/セイヨウスモモ、プラム、(菓子などに入れる)干しぶどう、すばらしいもの、暗紫色、濃い紫
fra・grance/fréɪgrəns(米国英語), ˈfreɪgrʌns(英国英語)/かぐわしいこと、香気、芳香

解釈

 『古今集』を貫之が撰んだ時はまだ三十代半ばの若さであった。その仮名序は新しい時代にふさわしい和歌の体を意識した歌人の自負にみちており、視覚的イメージの鮮かな漢詩文の作法も取り入れつつ、宮廷の晴の場にふさわしい和歌の文体を生んでいった。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

「高砂の松の歌」を読んで、「植物というものは、人の心とは無縁に存在しているものだが、そうまでネガティブに考えなくてもいいじゃないか」と思った人のためにあるのかもしれないのが、紀貫之のこの歌です。「人はどうか知らないが、ふるさとの花は昔のままだ」と言っています。「ふるさとのやさしさを伝える歌」だと思われていて、それでもいいんですが、実際はちょっと違います。
 この「ふるさと」は「古いなじみの家」です。奈良の長谷寺(はせでら)のそばに、紀貫之が参詣の時に泊まらせてもらう家があったんです。ひさしぶりにそこへ行ったら、女主人が「お宿はちゃんとありますのにねェ」と、ずっと来なかった貫之にいやみを言ったんです。バーのママみたいです。それで貫之は、庭に咲いていた梅の枝を折って、この歌を詠んだんです。つまり、「お前のほうこそ、俺をほんとに待ってたのかよ?」です。そういう「色っぽい歌」だと思うと、ちょっとショックでしょ。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

これが艶っぽい歌だとは知らなかった。そうと感じられない表現で、艶っぽい気持ちを詠んじゃうのね。伝わらなくてもいいという気持ちは、たくさんいい歌を詠んでるからなんだろうな。何とか艶っぽさを入れ込みたくなる。

三六.清原深養父(きよはらのふかやぶ)

夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを
雲のいづこに 月やどるらむ

(なつのよは まだよいながら あけぬるを
 くものいづこに つきやどるらん)

現代語訳

夏の夜は まだ宵なのに 明けちゃった
雲のどっかに 月はあるだろ

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

On this summer night,
when twilight has so quickly
become the dawn,
where is the moon at rest
among the clouds?

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

twi・light/twάɪlὰɪt(米国英語)/(日の出前・日没後の)たそがれ(時)、薄明、薄暮、(薄明に似た)微光、(全盛期・栄光・成功の後の)たそがれ(の状態)
dawn/dˈɔːn(米国英語), dɔːn(英国英語)/夜明け、あけぼの、暁、始まり、兆し
at rest/安らいで、安静となって、安心して、静止して、停止して、解決されて、(地下に)眠って、永眠して
a・mong/əmˈʌŋ(米国英語)/…の間に、…の中で、…に囲まれて、の中の一人で、の中ですぐれた、…の間で、…の間で(分配して)、…の間で(協力して)、…の間で互いに

解釈

 月の明るくおもしろく思われた夜、たちまち明けてゆく夏の夜の名残惜しさを、月もまだ山の端まで傾ききらぬ短かさとして、一首を構想している。宵のまの感懐が軽快な律の中にもこもっているような情感がある。清少納言の曾祖父に当る人で、貫之などとも親しい交流があったらしく、また琴の名手であった。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

どうして清原深養父のこの歌が、紀貫之の「ふるさとの歌」とペアになるのかは、よくわかりません。「春と夏の対照」で、「清原深養父は紀貫之に匹敵するようなすぐれた歌人だ」と、藤原定家は言っているのかもしれません。
 ある夏の晩、清原深養父は、「いい月だなァ」と思って、夜明かしをしちゃったんです。この「夏」は、夏至の頃です。夜は短くて、宵の内に「なかなか月は出ないなァ」と思って待っていて、出たと思ったら、夜明けが近づいちゃったんです。それで、「まだ宵の口だから、月はどっかにあるだろうな」と思って、雲の多い明け方の空を見てたんです。なんだかとぼけたおじさんです。紀貫之の歌のペアをなっているのは、どっちも「とぼけたおじさんの歌」だからかもしれません。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

ビルの谷間に月を探す歌を詠んだことがある。目の前にない、心にだけある月を詠むこともある。存在しないものでも、何かを考えさせる「月」ってすごいな。ドラゴンボールで、亀仙人が月を壊した後の世界ってどうだったんだろう?

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。