【エッセイ】ゆっくり介護(16)
ゆっくり介護(16)<幸せな時間>
『介護は親が命懸けでしてくれる最後の子育て』
*この言葉は「ぼけますからよろしくお願いします」(著:信友直子)より引用
庭で花壇の手入れをしていると、鈴木さんのおばあちゃんが手押し車を押しながら、腰を曲げやって来た。まるで手押し車で前に倒れそうな体を支えているようにも見えた。
「鈴木さん、こんにちは」
返事がない。あ、そうだ。鈴木さんも母と同じように耳が遠いんだ。そのことに気がつき、声でのあいさつではなく、手を振った。鈴木さんは、私に気づき、片手を手押し車から離して私に手を振った。いつも素敵な笑顔だ。
手押し車には、何かが乗せられていた。鈴木さんが近づいてくるとそれが何かがわかった。たくさんの野菜が新聞紙に包まれていた。いつも、畑で採れたものをこうして持って来てくれる。
「おばあちゃんは、いるかな?」
私の近くまできて、声をかけてきた。その声も大きな声だ。耳が遠くなると声が大きくなる。母もそうだ。
「応接間でテレビを見ていると思います。呼んできましょうか」
近くで少し大きめにゆっくりと話したので、鈴木さんには聞こえたようだ。
玄関まで鈴木さんと一緒に行き、母を大きな声で呼ぶ。
母は、鈴木さんが来ることを知っていたようだ。お茶の用意をしていた。さっきかかっていた電話は鈴木さんからの電話かもしれない。
外になかなか出歩かなくなった母は、人が来ることをとても嬉しく思っていた。
いつでも、誰が来てもいいようにとお茶菓子を用意している。
母は鈴木さんを応接間に呼んだ。
庭で花壇の手入れをしていると、二人の姿が見える。
姿が見えると同時に、二人の声も聞こえてくる。お互いに耳が遠い同士。お互いに大きな声になって話をしている。
その会話さえ聞こえてくる。
「昨夜の地震、びっくりしたよね」
地震の話をしていたと思ったら、すぐに畑の話になっている。
「今年はサツマイモがよく採れるらしいよ」
どんどん話題が変わっているにも関わらず、お互いに話が通じているから不思議だ。
そして、大きな笑い声も聞こえてくる。
お互いに話の内容が分かっているのかどうかは、分からないが、大きな笑い声が聞こえると私まで嬉しくなる。
人と関わることは、こんなにも人が元気になることなんだ。
今、母は応接間で幸せな時間を過ごしている。
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