見出し画像

あにの 血の惨劇の話

 なんだか秋なのに温かい日が続くなーと思っていたのに、12月になったとたん急に寒くなってきましたね。
 どうも。おとおとの前の話を読んでタマヒュンが止まらないあにです。

 注意:タマヒュンとは

 ちなみにこのタマヒュン、岡山の一部地方では「尻がすーゆーなる」といいます。現代語に訳すと「尻が酸っぱくなる」となります。たしかに言い得て妙な表現だと思います。皆様もおとおとの話(正確には上司の話)でおしりが酸っぱくなりましたでしょうか?

 さて。あにの血の惨劇の話です。
 それは今からちょうど8年前。まだ長男が2歳の頃の話です。
 いつものように仕事から帰り、お風呂で長男を洗い、長男にご飯を食べさせ、長男を寝かしつけ、幼児中心の活動が終わりようやくこれから夫婦団らんの時間というところでした。

 ふと、鼻水が垂れる感覚。

 すごいサラサラの水っぱなが突然 ツー っと鼻から垂れていく感じでした。とっさに左手の甲で拭い、その左手をシャツで拭うと(8年越しに妻が鬼のような顔で見ております。ごめんなさい。今はちゃんとティッシュ使ってます)またもや鼻を伝う違和感。ちょっと手では拭いきれない量。なんだろうなー、季節の変わり目に風邪をひいてしまったかなーとティッシュを取ろうと手を伸ばすと、フローリングに ポタポタポタ と何かが垂れる音。
 目を下ろすと見慣れぬ真っ赤な丸い跡が点々と……

 鼻血です。

 それまで鼻血を出したことのないあに。しかしおとおとがフランクに鼻水も鼻血も垂らしていたので、どう対処すればいいのかは知っています。

対処法その1 首の後ろをトントンする
 昔ながらの対処法です。クレヨンしんちゃんでも風邪を引いた風間くんの首をトントンして先生に「それは鼻血が出た時の対処でしょ!」って怒られていたでおなじみの対処法ですね。しかし聡明なあにはこの方法が誤りであることを知っています。

対処法その2 上を向く
 これも間違いだそうです。上を向くと血液が胃に入り気持ち悪くなってしまうそう。すっぽんの血は飲めても人の血は飲めんのであります。

対処法その3 プーン
 グラップラー刃牙とかチャンピオン系の不良漫画とかで鼻血が出たときに、方鼻を押さえて プーン! とやって鼻腔内の血を全部だしてしまうやつ。試していいか妻に確認しましたが「だれが後片付けするんですか。やめてください」と却下されました。

対処法その4 ティッシュを鼻に詰める
 結局これですよね。今確認すると傷口にティッシュがこびりついたりして良くないという話がたくさん出てきますが、おとおとが鼻血を垂らしたときもたいていこの方法でした。定番 of 定番。

 というわけでさっそく手頃なサイズに丸めたティッシュを詰めるわけですが、ちょっとするとポトリと落ちてしまいます。真っ赤に染まったティッシュ玉が落ちるたびに新しい物を詰めるのですが、すぐにまたあふれる鼻血に押し出されて来てしまいます。いちいちティッシュを適当なサイズに切って丸めるのが面倒になってきたので、一枚まるごとを絞って捻り、鼻に差し込むと、みるみる間に真っ赤に染まっていくティッシュ。らちがあきません。 
 妻に頼んで新しくかつ汚してしまっても惜しくない、近所の酒屋さんに大量にもらった販促ハンドタオルを開けてもらいそれで鼻を押さえる兄。そのハンドタオルすらもみるみる真っ赤に染め上げる兄の鼻血。

 これ…ヤバない……?

 慣れない鼻血にすっかり心細くなってしまったあに。
 妻はパソコンで対処法を色々調べていますが、どうにもコレといったものに行き当たりません。
 あいも変わらず止まらない鼻血。3本目の近所の酒屋さんにもらったハンドタオルの封を切った時、決心しました。

 救急車を…呼ぼう……!

 あに、思いがけず人生初の救急車です。
 仕事柄119番をすることは多々あるのですが、今夜は自分のための119番ですよ!ヒャッホウ!テンション上がってきた!

 鼻血の勢いが増しそうなので一旦おちつき、そもそも手と鼻がふさがっているのでとても電話など出来ないので、妻に代わりに電話をしてもらいます。

「ええ、もう30分くらい鼻血が……はい、抑えているんですが……ああ、それじゃあお願いします」

 どうやら初救急車が来るように手筈が整ったようです。

「あ、赤ちゃんが寝ているので、できたらサイレンは鳴らさずに来てもらえると……」

「えー! せっかく救急車に来てもらうのにノーサイレンなの!?」

「しょうがないでしょ長男ちゃん1回起きたら寝ないんだから!……ああ、ごめんなさいっ、それで…」

 あにを一喝して電話に戻る妻。

 数分後、窓の外に赤い光が。救急車が到着したようです。当時築20年。6畳二間とキッチンという小さな借家にはかなりオーバースペックな後付ピンポンを押されると、せっかくノーサイレンで来てもらっていい子で寝ている長男がたちどころに目を覚ましてしまうので慌てて出迎えに出る妻。すぐに屈強な救急隊員さんを連れて戻ってきました。
 年の頃40代後半くらいでしょうか、ベテランの風格を醸し出しています。その風格が慣れない鼻血で心が弱りきっているあににはなんと頼もしく感じられたことでしょう。
 真っ赤になったタオルと血まみれのあにを見るなり
「あー、鼻血かー。それじゃあこうやって鼻をしっかりつまんで、血が出ないように圧迫して! そのまま車の方に移動しようか」
 スピーディーかつ的確な指示出し。あにの心のなかの乙女がときめいてしまいます。なるほど、もう血が出てくるスキがないくらい強めに鼻をつまめばよかったんですね。
 車内ではもう一人、まだ若い救急隊員が、おそらくこれからあにが乗る場所の準備をしているのでしょう、忙しそうにしていますが、鼻をつまんだあにが車に乗り込むと
「これから病院が決まったらすぐに向かいますから、大丈夫ですよ」
 ニコッと爽やかに笑う姿がまぶしい。あにの心中の乙女が(略)


 ここで少し話しは変わりますが。これまで何度かお話ししたことがありますが、あには幼少の頃スイミングに通っていたり、小学生の夏休みでは毎日近所の市民プールに通っていたり、中学では水泳部だったりと、水に浸かっていることが多い子でした。
 それが原因というわけではないのですが、たしか初めて気が付いたのは、小学生の時、友達の安倍くんとプールの中でにらめっこをしている時でした。
 鼻をつまんだまま鼻から息を出そうとすると、目から息がでる。
 なにを言っているんだお前は。みなさまそうお思いでしょう。安倍くんにもそう言われました。
 しかしたしかに、鼻をつまんだまま鼻から息を出す、ダイビングを経験されたことのある方なら耳抜きをするといえば伝わるのでしょうか、すると、左目の涙腺あたりからポコポコと空気がでるのです。
 何度か実践したり、ゴーグルの中に空気をためてみせたりすることで安倍くんにも信じてもらうことができました。
 たしかに保険の教科書とかに載っている人体の断面図でも目と喉が鼻涙管を通じてつながっているのがわかるのですが、これが逆流するっていうのはまあ体質なのでしょう。後に中学生のときに同じ水泳部のであにより長く水泳を続けていた安倍くん(前述の安倍くんとは別人。たまたま同じ苗字なだけです)に披露したところ「きもちわるっ!」と言われたので、水泳を習っているのが原因というわけではなさそうです。


 で。

 鼻からとめどなく流れて来る血。強く小鼻を圧迫して逃げ場の無くなった血。前述の通り飲み込んだら気持ち悪くなるし、口に回って血を吐いたなんてなったら大惨事なので、血が落ちてこないように喉を締めておきます。
 止まらない出血。
 逃げ場のなくなった血が次に向かうところは……

 そうですね。目ですね。

 兄の左目からドバドバと流れてくる鼻血……いや、目血。

 それに気がつく発車準備を進めていた若い救急隊員さん。

 折しも当時テレビでは、西アフリカで大流行しているエボラ出血熱のニュースがお茶の間を騒がせておりました。

 結果……

「隊長! 大変です! 血が! 血が出てます!」

 若い隊員さん大慌て。

「あたりまえだろう!だから呼ばれたんだろう!」

「でも、でも、目から! 目から出血です!」

「目と鼻はつながってるんだよ! いちいち慌てるんじゃない!」

 さすがベテラン隊長冷静かつ的確な指導。若い隊員さん、驚かしちゃってごめんね。


 なんやかんやで初救急車。搬送先は市内の超大型総合病院に決定。

「では、付添の方はこちらへ」

「あ、子供がいるので私は行きません」

「付き添われないんですか!?」

 いちいち慌てるんじゃない! うちの長男は一回目を覚ましたら寝なくなるんだよ!


 そんなこんなですでに12時も回った真夜中。他に患者の気配もない静かな巨大総合病院の救急室で診察されるあに。流石にバスタブ一杯くらい出血した後なので在庫切れなのか、出血もおさまりつつあります。鼻のなかに「そんなに入るの!?」ってぐらい長い金属の管のようなものを突っ込まれたりして検査をした結果、鼻の奥の奥、喉との合流点あたりから出血がある模様。原因は不明とのこと。
「先生これはなにか薬を飲んだりすれば治るのでしょうか…?」
「うーん…出血の原因がわからないので薬に頼らないほうがいいでしょう。あにさん、鼻にかぎらず出血をした時の対処方法ってご存知ですか?」
「切ったり刺したりしたときってことですか? なんか止血点みたいなところを抑えたり、止血帯を使って縛り上げたりとかですか?」
「そうですね。ただ今回は場所が場所なので縛り上げると死んでしまいますので、直接圧迫止血法というのを行います」

 直接圧迫止血法!

「ええと…とりあえず名前からどういう方法なのかは想像がつくのですが、鼻の奥をどうやって直接……?」
「今回は、このガーゼを鼻の奥に詰めて、直接患部を圧迫しようと思います。あにさん、麻酔は使いますか?」

 バットの上に山盛りの1本20センチくらいの細切りガーゼ。それが先生の手によって、ピンセットでどんどん鼻の中につめられていきます。
 ヤダ……そんなの入らない……
 なんて思っていたのもつかの間。

1つ……

2つ………

3つ………

18……

19……

20……

「これくらいでいいでしょう。1週間くらいしたら抜きますので、また来てくださいね!」
 やりきった顔の先生。確かに鼻血はとまりました。現代医学の粋!
 帰ってから鏡を見たら、すっかり顔の形が変わってしまっておりました。それはそうです。あのガーゼの山が詰め込まれているのですから。それから1週間、まるで水木しげるが描いた病弱な青年のような顔の形のまま、ずっと顔の中に圧迫感と痛みを感じるという稀有な体験をさせていただきました。当時普段はインフルエンザが流行ろうが風邪をひこうがお客様と対応する時はマスク厳禁という今では考えられない思想をもっていた課長が、1週間のマスク生活を許可してくれたことからもあにの顔かたちの酷さがおわかりいただけるでしょうか。

 以上、あにの深夜に救急車に乗ったら行きはいいけど帰りは送ってくれないから入院できないとタクシー代結構かかって大変だよの話でした。



……1週間後。

「はい、それじゃあガーゼ抜いていきますね」
 深夜のときと同じ先生。やっぱりお医者さんって昼勤務と深夜勤務どちらもあるんですね。大変だなー。
 入れる時は若干の麻酔のうえでしたが、抜く時はそんな甘いこと言ってくれません。

1つ……

「んがぁ!」

2つ……

「んひぃ!」

3つ……

「ギギぃ!」

 1つ抜くごとに顔の中に走る激痛。思わずはだしのゲンみたいな叫び声がでてしまいます。

10……

「せんせい…」

11……

「もうすこし……」

12……

「やさしく……」

痛みと疲労で次第に弱っていくあに。

17……

「……」

18……

「……」

19……

「………」

 後半はもうただ頭の中でカウントするのが精一杯のあにでした。

「はい、これで全部ですね。お疲れ様でしたー」

 辛い治療を終え、顔の内側からの圧迫感から開放され、一週間ぶりに通った鼻で恐る恐るゆっくりと深呼吸。病院特有の消毒と清潔の匂いが鼻孔をとおります。

 平日の午前中だったので会社には少し遅くなる旨をつたえてあります。今日は快気祝いにもうすこーしだけゆっくりと、なにか甘いものでも食べてから出勤しようかな…



………おや?

 そういえば2,3日前、夜寝ているときになんとなく

ゴックン

 ってなった覚えがあるようなないような……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?