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あにの 病気の話

 どうも。人間ドックの結果が帰ってきたあにです。
 毎度あれこれ数字を根拠に、現代医学の粋をつくして

「痩せろデブ」

と言われるためのこの行事。果たして本当に必要なの?
 いや、重篤な病気を見つけるためには定期的な検診が必要なのは100歩譲って認めますよ。それにしたって

「脂質 D」

とか

「LDAコレステロール値 D」

みたいに、体の中の色々な成分を分析した結果、値として異常を知らせてくれるのはわかりますよ。

「身体測定 C」

ってなんですか!
 あれか? お前足が短いなってわざわざ遠回りに悪口言ってんのか?

 あには病院があまり好きじゃありません。


 さて、そんなあにの病気の話です。

 たしかそれはあにがまだ幼稚園に通っていた頃。あに少年の右肩から脇の下にかけて、突如謎のぶつぶつが発生しました。いわゆる”水いぼ”というやつです。
 特に痛くもない。痒くもない。なんともない。なんかぶつぶつするだけ。
 いちおうウィルス性の疾患のようなのですが、あに少年的には別にどうともなく、調べてみると、特に特別な治療はしなくても放置しておけば自然と治るでしょうとの情報がいくつも出てきます。
 しかし可愛い盛りの幼稚園児の子を持つ母としては、そういうわけにはいきません。
 可愛い息子のすべすべで美しい肌に発生したなぞのぶつぶつ。可愛くありません。

「いくよ!」

 の一声で連れてこられましたのは、最寄り駅近くの皮膚科。そもそもあに少年に拒否権などありません。別になんともないのにな。めんどくさいな。おうちで最近のお気に入り、里見八犬伝(薬師丸ひろ子のやつ)のビデオでも見ていたいな。
 そんなふうに思いながら、待合室に置いてあったあだち充のタッチの3巻を読むともなく眺めていながら、のほほんと待合室で待つあに少年と母。ややあって診察室に通されます。
 診察室では初老の先生が、兄少年のぶつぶつを診察します。

「うん。水いぼですね。小さいやつは薬をぬればじきに消えるでしょう。大きいのは今取っちゃうこともできるけど、どうします?」

 は?

 今先生、取っちゃうっていいました?

 またまた何を仰る。いぼとはいえ僕の体の一部ですよ? それを取っちゃうだなんて、何考えてるんですか?

「とらなくていいです」

 幼稚園児とはいえ聡明なあに少年。事態を察知し丁重にお断りをいれます。薬で治るならそれでええやないですか。

「それじゃあ先生、お願いします」

 そんなあに少年の主張は意にも解さず、母が処置を同意してしまします。憎むべきは親権制度。現在でこそ18歳で成人とされておりますが、当時の成人年齢はまだ20歳。そもそも当時6歳のあに少年にはなすすべもありません。

 恐怖と絶望に震えるあに少年をよそに、先生は準備をはじめています。準備と言っても大したことはありません。金属のトレイと、ガーゼと、ピンセットが用意されます。そのピンセットは、先っちょがいつも耳かきのときに使われるような尖ったものではなく、丸い輪のようになっていたのをよく覚えています。
 今試しにググってみたら、そのものズバリ【医療用】イボ取り用ピンセットなんてものが先頭にでてきました。我ながら子供離れした観察力と記憶力に驚くばかりであります。

 そんな聡明なあに少年。もちろん次に何が行われるか、大体想像がつきます。当時から逃げ癖のあったあに少年ですが、母と看護婦さんに、体をがっちりと固定され、逃げるどころか、身動きすら取れません。

 金属のトレイとピンセットを持って近づいてくる先生。

 まってくれ、先生。あなたは今持っているピンセットで、あにのイボをちぎり取ろうというのだろう?
 考えてみてください。いぼとはいえ僕の体の一部ですよ?(2回目)取ると言うなら、せめてメスとかハサミとか、なにか切れ味のいいものを使うべきなんじゃないですか?
 そんななんの切れ味もクソもない、モンスターハンターの武器だったら切れ味ゲージが赤しかないような道具で無理やりちぎるとか、正気の沙汰ではありませんよ?
 考えて見てくださいよ先生、あなたのその鼻、その耳、それをいきなりパン屋さんのトングでちぎり取るとか言われたらあなたどう思います? ちぎりとられたらあなたどうなります? あなたが今からやろうとしていることはつまりそういうこt……

 プチッ


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
(声にならない悲鳴)


 プチッ


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
(声になった悲鳴)


 プチッ


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
(府中市の片隅に響き渡る鳴き声)


 あには病院があまり好きじゃありません。



 その後お医者さんに処方された、しょうゆみたいな色の薬を毎晩綿棒等で塗るようにと仰せつかる母。
 綿棒なんて洒落た物のない我が家で選ばれたのは、爪楊枝の頭。
 毎晩爪楊枝の頭に薬をつけては、残ったいぼに塗るわけですが、これが妙に痛い。薬の作用なのか、いぼの症状なのか、爪楊枝の頭が固くて尖ってるからなのか、とにかくチクチクチクチクと痛むのです。
 塗るたびにあに少年が痛い痛いと文句をいうもんですから、母も次第に機嫌が悪くなってきます。なとも理不尽な話ですが、2児の父となった今ではその気持もわからないでもありません。

 ある晩。

 いつものように母の「薬塗るよ!」の号令のもとに、薬を用意するあに少年。痛いのは嫌ですが、ちぎり取られるのに比べれば1億万倍まし。素直に従い、戸棚からプラ製の薬瓶を取り出します。

 そこで聡明なあに少年は思いました。

 この後いつものように爪楊枝の頭で薬を塗るのはわかっております。ならば、爪楊枝と、薬がたれないように抑えるためのティッシュも用意しておけば、母の機嫌が少しは良くなるのでは? 褒めてもらえるのでは?
 ついでに薬の蓋を開けて、渡したりしたら、我が子の賢さと気の利き具合に感動した母が、今日は薬は塗らなくてもいいと言ってくれるのではないか?

 さっそく実行だ!

 手にした薬瓶を開けるあに少年。

 居間で座っている母のところへ走るあに少年。

 きちんとお片付けをしていなかったおもちゃを踏んづけるあに少年。

 痛みでバランスを崩し、転ぶあに少年。

 あに少年の手に握られる薬瓶。

 口の開いた薬瓶。

 薬瓶の口から飛び出るしょうゆ色の薬品。

 薬瓶のくちから、母めがけて飛び出る、しょうゆ色の薬品。

 母の太ももに盛大にかかる薬品。

「なんでそんな事するの! お母さんの足とれちゃうでしょ!」

 怒る母。そんなわきゃないと思うあに少年。

「そんなに嫌ならもう残りのいぼ全部取って貰いに行く! 今から行く!」

 怒る母。そんな理不尽な、あの悪夢再びかと泣き叫ぶあに少年。

 なんか家の中の異様な雰囲気につられ泣き叫ぶおとおと。

 出張でめったに帰ってこない父。

 あには病院があまり好きじゃありません。

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