あにの プロレス観戦の話
学生時代のあにはいつも夜ふかしでした。
高校生になり自分の部屋にテレビが導入されると、日々の勉強をちゃちゃっとすませた後は12時1時までゲームというのがざらでした。いやー成績落ちた落ちた。
ある夜いつものようにゲームを終わらせて、ふと民放にチャンネルを変えると、プロレスの試合が放送されていました。
格闘技というと友達の影響で当時流行りのK-1をちょっとかじっていた程度であまり詳しくないあにでしたが、プロレスのことは何もしりませんでした。なんか試合長いし、技も複雑でどこに効いてるのかよくわからないし。
その日はそれはそれはでっかい、アミアミのマスクを付けた外人レスラーとオレンジのパンツをはいた日本人レスラーが戦っていました。
もう見た目からして勝ち目があるようには見えません。オレンジパンツなんか包帯ぐるぐる巻きだし。
外人レスラーの巨体がオレンジパンツを吹き飛ばし、ぶん投げ、のしかかり、抑え込まれます。包帯が巻かれていた腹部も何度も攻められます。
しかしオレンジパンツは、何度倒されても、なんど吹き飛ばされても、何度抑え込まれても、何度でも何度でも立ち上がります。そしてこぶしを握り雄叫びをあげ、渾身のラリアット!
なんか大きな大会のなんか重要な試合だったようですが、当時のあににはよくわかりませんでした。しかし気がついたら、あにはオレンジパンツと一緒に拳をにぎりしめながら画面に釘付けになっていました。
プロレスラー、なんてかっこいいんだ。
放送が終わってしまい、選手の名前はよく覚えられませんでしたが、なんとかもう一度あの選手の試合を見たい。
たしか「橋」という漢字が使われていて4文字の名前
「○橋 ○○」
だったような
「橋○ ○○」
だったような……
新聞のテレビ欄をチェックする毎日。ある日ついにプロレス番組のラテ欄に発見しました。
橋 本 真 也 の 名 を !
破壊王とか言われてるしなんか聞いたことある名前だしきっと間違いありません!
期待に胸を膨らませて深夜のテレビの前で待機するあにの前に出てきたのは、オレンジパンツでもなければラリアットもしないぽってり体型の選手でした。(正解は小橋健太でした)(いや橋本選手も素晴らしいプロレスラーですけどね! おとおとは有給とってお葬式に参加するくらいファンでした)
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その後小橋選手は所属していた全日本プロレスを脱退しプロレスリングNOAHの旗揚げメンバーとなりそれを期に小橋健太から小橋建太へと改名(微妙な違い)。GHCヘビー級チャンピオンとして当時最多の13回の防衛を果たし「絶対王者」と呼ばれるようになります。我々兄弟も大小様々な会場へ足を運びまくりました。
しかし度重なる膝や肘の故障、そして癌との戦いで次第にリングに上がる機会が減っていき、また兄弟の就職やあにの結婚などが重なり次第にリングへと応援に駆けつける回数が減っていってしまいました。
そして2012年12月 小橋選手の引退が発表されました。
引退試合は翌2013年の5月11日。日本武道館。
当然のようにチケットは瞬殺完売。もとより争奪戦を戦う気力はもうありませんでしたが、いっそ清々しい気持ちでした。
もやもやした気持ちを抱えたままでも、季節は勝手にめぐってゆき、時間は刻々と過ぎ去っていきます。
PCを起動するたびに、なんとなくチケット販売サイトを開いて、sold outの表示を確認してしまう毎日。
最後におとおとに兄弟プロレスのチャンピオンベルトを奪われたのはもう何年前のことでしょう。そう。自分はもう、小橋選手より少し早くプロレスを引退したんだと言い聞かせる日々。
しかし引退試合の1ヶ月前、全国の映画館でライブビューイングが行われることが発表になります!
1選手の引退試合かここまでの規模で開催されることは異例中の異例です。これだけでも小橋選手がいかに日本中のプロレスファンに愛されていたのかがわかります。
だけど自分は結婚してしばらくプロレスから離れていたので、今誰が活躍しているかも正直わからなレベルです。今更行ってもしょうがないんじゃなかろうか。
それにまだ長男も小さく、普段から仕事をしている自分に代わって妻にばかり負担をかけているというのに、さらに自分だけ遊びに行くわけにはいきません。
うんうんと唸り悩みながらPCの画面を睨んでいると、妻が台所から声を書けてきました。
「おとうさん、行ってきなさいな」
「でも君や長男ちゃんを置いて一人で遊びに行くなんて…」
「好きだったんでしょ?」
「好きだった? ……いや、今でも好きだ!」
引退試合前日。チケットはギリギリ確保することができました。
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当日の興行は素晴らしいものでした。
本田多聞や志賀賢太郎といったこれまでタッグパートナー
小島聡や永田裕志、棚橋弘至といった他団体のエース
高山善廣と大森隆男によるノーフィアーの復活
多くの名レスラーが、この日のために駆けつけ、今まさに名勝負を繰り広げています。
数年ぶりのプロレス観戦。
残念なことに映画館なので声を出すとか、足を踏み鳴らすとか、そういった応援の仕方ははばかられてしまいますが、それでも、スクリーンから伝わってくる会場の熱気、選手たちの熱い戦いは私の愛したプロレスに間違いありませんでした。
そしてメインイベント
小橋建太 秋山準 武藤敬司 佐々木健介
これまで小橋選手が戦ってきた最強のライバルと言っても過言ではない3人とタッグを組んで戦うのは
KENTA 潮崎豪 金丸義信 マイバッハ谷口
これまで小橋選手の付き人を務めてきた4人です。
小橋選手が一人一人の技をきっちりと受けきり、自分の技で返すそのやり取りは、これからのプロレス会を背負って立つであろう弟弟子達へのエールだったのではないでしょうか。
そして39分
リング上に金丸選手が倒れ、小橋選手がコーナートップに登ります。
そのときスクリーンの向こう側だけでなく、映画館の中からも
「おー!」とも「えー!?」ともつかない叫び声が上がりました。
膝を壊してからずっと封印をしていた、NOAHではタイトル戦で数回しか見せていない、往年の得意技、フィニッシュホールド…!
ムーンサルト・プレス!
186cm115kgの巨体が宙を舞い、美しい弧を描き、倒れた金丸選手へと襲いかかります。
もう映画館だろうと関係ありません。
その場にいる全員が総立ちです!
そうです。いまこの映画館にいるのは、ただ映画を見に来た一般人ではないのです。
小橋建太の引退試合を、ライブビューイングでもいいからその目で確かめようと駆けつけた、小橋を愛する男たち(女性もすこし)だったのです!
レフリーのカウントに合わせて、館内の全員が一緒にカウントをします。
ワン!
その場にいる全員が、例外なく拳を握っていました。
席を立ち、声を上げていました。
ツー!
カウントとともに、よくいう死の直前の走馬灯のようにこれまで観戦したり、テレビやDVDで見てきた小橋選手の試合が頭をよぎります。
それだけではない。一緒に観戦したおとおとや友達とのこと。
自作のチャンピオンベルトを掛けた熱戦。
それはまさしくあにのプロレス人生の走馬灯でした。
スリー!
狭い映画観の中に湧き上がる
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
という声。
それは歓声でもあり
雄叫びでもあり
怒号でもあり
泣き声でもあり
いい年した大人がみんな、あたりにはばかることなく涙を流して声を上げていました。
あにも号泣。
ここまで「終わったら涙がでてしまうんじゃないか」とか「泣いちゃうんじゃないか」といった予感が一切なかったのに、スリーカウントとともに目の奥にあるスポイトをギュッと押したみたいに涙が涙腺から「ビュー!」って出てメガネにブシャーって、そんなことあるんですね。
あにのプロレス観戦の話でした。
追伸
その日は駅から自宅まで走って帰りました。
追伸2
後日おとおとに「なんで誘ってくれなかったんだよー!」って言われたけど、こんななっちゃってたんで一人でいっといてよかったです。