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先っぽ|大義をもって飲食業界の未来を描きたい(「Gault & Millau japon 2022」ベストソムリエ賞受賞に寄せて)

2022年3月15日に発表されたフランスで創刊したレストランガイドブック『Gault & Millau japon(ゴ・エ・ミヨ ジャポン) 2022』で、乃木坂しんの支配人兼ソムリエの飛田泰秀が、ベストソムリエ賞を受賞しました。

ゴ・エ・ミヨ」は、1972年にフランスで創刊されたレストランガイドブックです。現在は各国・地域で展開されていますが、アジアでは2017年版以来6刊目。年間で1人選ばれるベストソムリエ賞は、2019年に創設された賞で、飛田で4人目になります。

歴代のベストソムリエ賞受賞ソムリエ
2019年 情野博之氏(アピシウス、フランス料理)
2020年 岩田 渉氏(ザ・サウザンド・トウキョウ)
2021年 松岡正浩氏(柏屋、日本料理)
2022年 飛田泰秀(乃木坂しん、日本料理)

乃木坂しんにとってもとても光栄な今回の受賞。飛田のよろこびの声とともに、ベストソムリエとしての抱負を話してもらいました。

松岡さんからのバトンを繋ぐことができた

――「ベストソムリエ賞」の受賞、おめでとうございます。率直な感想を聞かせてください。

正直、いただいてしまっていいのか、たいへん恐縮しております。

ただ現場に立つことを大切に、ソムリエとしては友人や関係者各位の方々のお力をお借りしながら店主である料理人、石田(伸二)の料理に寄り添いながらお客様に提供することを心がけてきました。それが認めてもらえたのは、とてもうれしいです。

――受賞式の動画収録では、珍しく緊張していましたね。

そりゃそうですよ、僕でもああいう場面は緊張するんです(笑)。

やはりフランスでは、「ミシュランガイド」と並ぶ伝統と権威があるレストランガイドですからね。

三段階評価のミシュランガイドとは違い、20点満点の採点方式で、ワインやお酒とのペアリングについても評価してくれています。よりお店のクリエイティビティなところや特徴にフォーカスしてくれていますよね。

掲載レビューをみても、お店のスペシャリテにフォーカスするだけでなく、そのディテールのところまで見ている。細部まで注目してくれているような印象があります。

もともと地方のレストランにも目を向けるのがゴ・エ・ミヨの特徴であるとともに、「期待の若手シェフ賞」や、グランシェフに贈られる「トランスミッション賞」、料理人だけでなく生産者に贈られる「イノベーション賞」など、レストランを評価するミシュランとはことなる多様な価値基準を持つ「ゴ・エ・ミヨ」に選んでいただけたのはとても光栄なことです。

(ベストソムリエ賞の発表はシーンは、46:50 付近からです)

緊張した表情でオンラインインタビューを受ける飛田。

――昨年受賞された松岡正浩さんに続いて、日本料理店に勤務するソムリエの受賞が続きました。

じつは、松岡さんとは、ワインの視察でジョージアにご一緒したことがあるんです。帰国後も集まったり、乃木坂しんのことも気に入ってくださって、何度かご来店もしてくださっています。

そういったご縁もあって、2021年に松岡さんが、日本料理店からベストソムリエ賞を受賞されたのがすごくうれしかったんです。そして、松岡さんがもつバトンを、僕が次に受け取って繋げていけたらうれしいなと、ひそかに心に思っていたこともあって、今回の受賞は吃驚するぐらいうれしかったです

ソムリエの技術とともに
経営者としてのビジョンが評価された

――オンラインで行われた授賞式では、ソムリエとしての評価だけではなく、店の経営や仕入れなど、マネジメントを含めた新しいソムリエ像が評価されていました。

一人の飲食人としては、飲食業界で働く人たちの社会的地位の向上を実現するための仕組みづくりを自身のミッションに掲げていて、生涯をかけて仕事をやりとげたいと思っています。

具体的には賃金や労働条件、福利厚生などの整備、飲食業界にあこがれて入ってくる人を迎え入れ、かつ一生の仕事として働けるような環境でありたい。

飲食業って、楽しくて幸せな仕事なんですよ。だけど世間とはまだまだかけ離れた労働環境で、「一昔前よりは良くなっている」といっても、世間的にはブラックな業界という印象は消せていない。「飲食業って楽しくて幸せな仕事なんですよ」と、胸をはっていえるような職業にしたいんです。

そのためには、今の世の中とは逆行しているかもしれないのですが、まずは自分たちの会社から終身雇用できる仕組みを作りたい

たとえば、新卒入社した人が定年まで働くと考えて、それぞれの人生によって働き方や目標が違いますし、それ自体が年齢や人生の節目によってもどんどん変わっていく。自分で経営していく店を持ちたいと思っていた人が、結婚を機に地方で農業をしながらお店をやりたい、というように気持ちが変わっていくのもまた人生だと思うんです。

そういったそれぞれの願いを受けとめたうえで、会社として働ける場所を手助けしたり作り出していけるようにしたい。食はすべての人間の活動と関係するわけですから、飲食人は飲食サービス以外のジャンルや業態で働くことができるので、働き場所を作っていくことはけっして不可能ではないと思うんです。

そういったことを会社としてきちんとフォローして、キャリアアップさせていく。

もちろん、福利厚生をしっかりさせ、退職したら退職金も出る会社にしたいです。「生活が安定しない」「休みがない」「長時間労働」の3つがやはり、業界から人が離れていく原因だと思うんです。

――飲食店の"成功モデル"が少ないことも課題ですよね。

ミシュランの三ツ星シェフやオーナーになれればいいですが、頑張れば飲食業を目指すすべての人がなれるというわけでもありません。年収何億、何十億という富裕層のお客様を相手しているのに、実際のスタッフの生活は、同年代の年収よりも低いなんてことは、ざらにあります。飲食業界で年収1千万円を稼ぐ人は少ないと思います。

お金ではなくて、やりがいだよ」とおっしゃられる方もいるかもしれません。その通りだとしても、やりがいをもって働いている人がしっかりお金を稼げるようにするのも、僕たち中堅の役目なのではないかと思うんです。そのためには、業界全体の底上げが必要だと思っています。

"成功モデル"という話がでましたが、飲食業は飲食サービスだけでなく、農業や漁業も飲食業に含むこともできます。さきほども少しお話しましたが、さらに医療や福祉、教育(学校給食)といった分野とも関わっています。「食べること」は、人間の生きていく糧であり、必要なものですから、食を専門にする飲食人はさまざまな分野で必要とされる人材なはずです。

ソムリエや調理の技術を持つ私たちが飲食店を作ったように、ソフトからハードを作っていくこと自体は、僕たち飲食人の専門でもあります。

そういったたくさんの業界とつながりをもつことができれば、新入社員として入ってきた仲間がやりたいと思っていることを手助けすることもできます。飲食から始まる事業を集めて、ひとつの国をつくるような、そんな新しい飲食業のモデルケースを描いています。

コロナ禍は決して「最悪だった」とは思わない

――新型コロナウイルスのパンデミックや、ロシアのウクライナ侵攻など、世界の前提条件が変わってきたなか、高度にサプライチェーン化した経済圏にほころびが見え始め、完全無欠ではなかったことがわかってきました。

僕が食の問題として常々矛盾を感じているのは、安心安全なものをおそらくすべての人が求めているのに、なぜか安心安全なものほど高いということ。今は、日本が高度成長期で人口が爆発的に増え物価が上がっていった時代とは違います。人口減少・超高齢化社会が目の前まで来ている最中で、地に足をつけて実直に生きていくことが必要になるはずなのに、安心安全があたり前に手に入れられなくなっています

僕たちは飲食業界の人間なので、飲食のことしか解決することはできないのですが、あたり前のことを、あたり前にを目指していかなければいけないと思うんです。

――それくらい明確なミッションをもつと、一生かけて飲食業界でやっていく覚悟が必要になりますね。

そうですね、その覚悟はできています。むしろ掲げたミッションは、僕自身が、これからも引き続き人生で大きな時間を捧げることに対して、一生かけて続けていくための「大義名分」がほしかったのかもしれません。

飲食業界の未来を明るくしていくには、みんなが大義をもってやるべきだと思うんです。さっき、お金も大事といって反対のことを言ってしまうんですが、「金がすべてではない」といえるための経済的な底上げが必要だということです。すばらしい料理人、すばらしいソムリエの方々が、お金以上の価値を感じてお店を運営している。何度も言うのですが、おいしいものを作りたい、お客様に喜んでもらいたいという気持ちで始めた飲食業の姿であり続けていくことが大事だと思うんです。

――2022年にベストソムリエ賞を受賞したということは、コロナ禍におけるニュー・ノーマルなソムリエ像としての評価ということも言えるのではないでしょうか。

コロナ禍って、本当に最悪だったのかというと、僕自身は、じつはそうは思っていないんです。もちろん、罹患された方やそのまわりの方々には、辛く悲しい思いをされた方がいるので、すべてにおいてそうだというわけではなく、あくまで自分にとってということではありますが、気の持ちようとだ思うようになりました。

――そういった姿勢が、ゴ・エ・ミヨが評価したのではないでしょうか。

そうだと思います。とてもうれしいですよね。

ただ、新しい事業を始めたり、乃木坂しんとしても「二つ星を獲る」という目標を掲げただけでよいわけではなく、それぞれをきちんと成功させていくのも経営者としての役割です。今回の評価は、あくまで期待をいただいていると思っていますので、これからしっかり一つひとつの成果をあげて、僕自身潰れないように頑張っていきたいと思っています。

ベストソムリエ賞は、僕の人生に
関わってくれた人のためにいただいた賞

――飛田さんのような存在が、今の若いサービス人たちの新しいモデルケースとなるといいですよね。

おこがましいですが、そういうマインドを持ってもらえると嬉しいですね。

ミシュランガイドの2021年版で、「レフェルヴェソンス」が三ツ星を獲得されたのが実はうれしかったんですよ。オーナーの石田(聡)さんは、同じサービスマン出身。そういった方がチームを作ってレストランとしては最高峰の三つ星の評価を得たというのは、下の世代の僕たちにとっては、すごく勇気をもらいました。

飲食業に骨をうずめて生きていこうと覚悟してから、今回の受賞で次のステップにようやく行けるのかなという思いもあります。人からみたら遅すぎる歩みといわれるかもしれないですが、着実に目標をもってやっていけば願いは叶うということを実証できたとも思っています

今回のようにnoteなどで話しているように、願うだけでなく、言葉に出す。それはとても重要なことだということも、実感しています。

――最後に、改めてベストソムリエ賞を受賞した喜びを聞かせてください。

同世代の同業者には、国内外のソムリエコンクールやサーヴィスコンクールなどで優勝している業界の有名人やサービスマンがたくさんいます。僕は、そういった人たちとは無関係なところにいる、それらは別の世界で起きていることだとずっと思っていました。業界の端っこにいた僕にフォーカスを当てていただいて本当にありがとうございます。

それと今回の賞は、僕自身のためにいただいたというよりも、僕の人生に関わってくれた人のためにいただいた賞だと思っています。まわりのみなさんには、「実はさ~、ベストソムリエ賞をとった仲間がいるんだよ!」と、少しだけ自慢してもらえるためにいただいたものだと、心から思っています。

あらためまして、私と携わってくれている皆様へ。

ありがとうございました。これからも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

「ゴ・エ・ミヨ」とは?
本格レストランガイドの2大勢力のひとつである「ゴ・エ・ミヨ(Gault & Millau」 は、2人のフランス人ジャーナリスト、 アンリ・ゴ(Gault) とクリスチャン・ミヨ (Millau) が 1972 年に刊行したパリ生まれのレストランガイドブックです。質の高い料理人、食材、サービスをガイドするに留まらず、フランス語で土地、地域性を意味する「テロワール」にも着目。レストランだけでなく、シェフを支える生産者・職人にも注目して評価をしています。
評価本という形を取りながらも、レストランに寄り添う姿勢を重んじ、シェフたちからの信頼は厚いといわれています。特に、「新しい才能の発見」という特長を持ち、ジョエル・ロブションやギィ・サヴォワのような気鋭のシェフをいち早く見出す、先見性に定評があります。

ベストソムリエ賞とは
ワインの知識やワインリストの構成のみならず、卓越した接客術を持ち、常にお客様重視の姿勢でサービスを行うソムリエを表彰します。

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乃木坂しん
東京都港区赤坂8-11-19 エクレール乃木坂1F
☎︎03-6721-0086
【2021年11月1日よりコース料理の金額が変更になりました】
ランチ(水〜土) 12:00〜15:00(13:00LO、*前日までの予約制)
  おまかせ 10,000円、18,000円、22,000円
ディナー(月〜土) 17:30〜23:00(21:30LO)
  おまかせ 18,000円、22,000円、30,000円
※消費税、サービス料10%別
※緊急事態宣言中などは、夜の営業時間を変更して営業しておりますので、店舗までお問い合わせください。

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聞き手・構成・撮影=江六前一郎

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