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[こじらせ男の迷走⑤]オヤジの日記を読んで和解した日。僕は愛されていた✨【のだオバさん】

こんにちは!のだオバさんです。
前回は、親子関係の葛藤で身につけたネガティブな信念が、見えない存在からのアドバイスで解けた話をしました。

今回は、オヤジと完全に和解した話です。
※親子の葛藤で、ぽっかり心が空いた話はこちら。

今から6年前、僕が44歳の時にオヤジは亡くなりました。

オヤジは定年し、会社という枠組みから外れると穏やかになっていきました。亡くなる頃には、ほとんどケンカすることもなかったです。

ある日、遺品の整理をしていた時のこと。沢山の日記が出てきました。
初めに手に取ったのは、オヤジが結婚相手をうちのオカンか別の人で悩んでいる日記(笑)
隣りで「お父さーん、なんでそんな早く逝っちゃったの( ; ; )」と泣くオカンには見せられない…隠さなきゃ💦
もしオヤジが違う人と結婚していたら、僕は今ここにいなかったのかな?なんて思いながら、別の日記を読み始めました。

そこには、オヤジの教育論が書かれていました。
「…親と子供との関係はどうゆうものだろう」から文章は始まっていた。

オヤジの日記

「私はそれは親の人生観、幸福観の問題だと思う。ある親が子供の教育をするのは、その子を幸福にしたいからだ。子供の幸福を願わぬ親はまずいないだろうから。

…えっ!?オヤジ!僕の幸福を願ってくれてたの?

「ある親にとって人間の幸福とは世間で出世することである。
だからその子を出世さすべく、勉強また勉強するように奨める。別の親はそんな世間的な出世よりも、人間の幸福は別の深いところにあると考える。だから彼は子供がその才能を伸ばし、たとえ金持ちにならなくても、その才能を享受できる将来を教える。

全てそれは親が抱いた幸福感にもとづいたものだ。そして、たとえ親のそういう幸福感に子供がある時期から反発し、抵抗し、別の路を進んでも、
やっぱりそれは、抵抗させ、反発させたという意味で、人間が別の人間に与えた影響であり、痕跡であり、教育なのだ。そして、そのためには親に自分の確固たる幸福感がなければならぬ」

僕は読み終わった瞬間、涙が止まらなくなりました(T ^ T)
そっか、オヤジは愛してくれていたんだ!!
オヤジの幸福は、出世することだったんだね〜それを楽しんでいたんだね!
だから僕に、「良い大学に行って良い企業に入れ!」って言ってたんだ。それがオヤジの愛の形だった。気づかなかったなぁ…嫌われていると思ってた。

僕は、ありのままを愛して欲しいって反抗して高校を中退した。その日、オヤジは泣いてたね…泣いてるのを初めて見たよ。そんなオヤジの泣き顔を見て、本当に心苦しかったよ。

僕が求めた愛ではなかったけど、間違いなくそこには大きな愛があったね〜✨
 
僕らは狭い視野の中で生きています。勘違いで身につけた信念を持ち続け、悩み苦しんでいるのが地球なんだと思います。でもそれは、良いことなのかもしれません。
「この苦しみから逃れたい」「自分をより良くしたい」と思い、様々な体験をしていきます。
そこに気づきが生まれ、自分の器が大きくなったり、愛が深まるのでしょう。
それが生きる意味である、『黒→白→赤』なんだと思います。

この世は本当によく出来ている。そう思います^^
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。書くことでオヤジの愛を再確認でき、良い時間になりました♪

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