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【連載#22】教えて!アヤノさん〜青葉大学バスケ部の日常〜

第二十二話 すごい才能っす


 車は東北自動車道を南下して、郡山ジャンクションから磐越自動車道に入った。
 青葉大学男子バスケットボール部コーチの中村アヤノが運転する旧型のハイラックスサーフには、三年生でバスケ部主将の菅野タケルと同じく三年生の南サトシが乗車していた。
 仙台を出発してからここまで、三人の間に会話はほとんどなかった。磐越自動車道をしばし走ったハイラックスは磐梯山ばんだいさんサービスエリアに入る。車を降りたタケルとサトシは並んで男子トイレに向かった。

「タケル、早くアヤノさんにあの男の話を聞けよ」
「おれだって聞きたいよ。でも、サトシもいるんじゃアヤノさんだって話しにくいだろ」
「そうかな。おれだってあの場で一緒に見てたんだし、『カフェに一緒にいた男性は彼氏ですかぁ?』って軽い感じで聞いてみたらいいじゃん」
「いいわけねえ。つうかその彼氏っていう前提はなんなんだよ」
「つっかかるねえ、タケルくん。そんなに想ってるんだなあ。わかるよ、片思いの辛さ……」
「そんなところは分からなくていいんだよ」

 トイレから先に出たタケルは手を洗っているサトシを置いて一足先に車の後部座席に戻る。運転席に座るアヤノはスマホをジッと見つめていた。

「菅野くん。私に訊きたいことがあるって顔していますね」
「もしかして顔に書いてあるってやつですか?」
「そうですね。文字通りですね」

 タケルはルームミラー越しにアヤノと目を合わす。そこにサトシが戻ってきた。

「あ、もう少し二人の時間にしときましょうか?」

 サトシの白々しい台詞を聞き流したアヤノはエンジンを始動する。

「あなたたちが訊きたいのは、私とカフェで同席していた男性のことでしょう」

 タケルとサトシは互いの顔を確認してから首を横に振る。

「私、店に入った瞬間から二階にいるお二人に気がついてました」
「マジっすか……」
「はい。お二人が気まずそうにしていたので、私もなるべく顔を合わさないような向きに座ったんです」
「そうだったんすか。で、誰なんすかあの男性。彼氏っすか?」

 サトシは迷いなく訊いた。タケルは二人の会話を黙って聞く。

「彼は高校生です」
「え、アヤノさん年下好きですか?」
「話を最後まで聞いてください。弟ですよ」
「弟……」
「はい。彼は私の弟で、私は彼の姉です」
「そこの説明はいらないです。へー、弟だってよタケル!」
「聞こえてるからそんな大きな声だすな。アヤノさん弟さんがいたんですもんね」

 タケルは昨年、アヤノと初めて街を歩いたときのことを思い出した。その目的は、アヤノの弟への誕生日プレゼントを選ぶことだった。少し気持ちが軽くなったタケルはアヤノに質問する。

「弟さんもバスケやってるんですか?」
「はい。広瀬学院高校のバスケ部でした。4月からは広瀬学院大学に進学してバスケも続けるようです」
「それじゃあ春の大会で対戦するかもしれないんですね」
「そうですね。学院大は強豪校ですから、一年生から試合に出られるかどうかは分かりませんが」

 言葉を切ったアヤノはウィンカーを上げて目の前を走っている高速バスを追い抜く。タケルの隣でサトシがスマホを取り出しカツカツとタップしている。

「ああやっぱこれだ。超高校級エース・広瀬学院高校三年、中村和之進。動画が上がってましたよ。うわあ、ダンクとかしてんじゃん。弟さん、エグイっすね」

 スマホを見ながらサトシが興奮気味に話す。

「昨年のインターハイの動画ですか? 確かベスト8まで行ったと思います。私から見れば、弟のプレーはまだまだ改善の余地があると思いますけど」
「身内に厳しいっすね。あーあ。こんな選手がうちのバスケ部に入ったら最高なんだけどなー」

 サトシは座席に寄りかかって車の天井を仰ぐ。タケルはサトシが座面に置いたスマホを手に取り動画の続きを再生する。確かにカフェで見た色白の青年が映っている。

「弟さん、身長はどれぐらいあるんですか?」
「確か189cmだったと思います。本人が言うにはまだ伸びているらしいので、もしかしたら190cmは超えているかもしれません」

 カフェで見たときもその長身は際立っていたが、映像で見る彼はガードのようなドリブルスキルとスピード、インサイドでも当たり負けしない体の強さ、そしてピュアシューターと言われても信じてしまいそうな美しく完成されたシュートフォームを持った万能選手だった。タケルはその華麗なプレーに目を奪われる。

「子どもの頃は小さくて可愛かったのに、いつの間にか私より大きくなっていました。せめてもう少し愛想が良いと可愛げもあるのですが」

 アヤノは無表情に平坦な口調で言った。

「アヤノさんもそうですけど、弟さんもすごい才能っすよね」
「才能、ですか……」

 アヤノはサトシが言った『才能』という言葉に反応する。

「南くんは、弟のどの部分をもって才能と言ったのですか?」
「ええと……すいません、具体的にどこがどうって言うわけでもなくて、ただものすごくバスケが上手いことを言ったつもりです」

 サトシは肩をすくめる。

「アヤノさんはバスケットプレーヤーとしての弟さんをどう見ているんですか?」

 タケルが二人の会話に割って入った。

「弟は中学までは小柄で試合にもほとんど出ない控え選手でした。でも弟は練習の虫でしたから基礎的なスキルは高かったんです。高校に入って急激に身長が伸びて高校三年の春からレギュラーになった。私はその過程を知っているから、才能という一言で弟を評価することはありません」

 ルームミラーで後部座席の様子を確認しながらアヤノは話を続ける。

「誰にでも得意なものはあると思いますが、才能というものは他者と比較したときに初めて出てくる相対的な尺度だと私は思っています。ある人から才能があると言われる人も、それよりも能力のある人からはそう見えない可能性もある。才能とはそれぐらい捉えどころのないものです」
「ずいぶん明確な考えをお持ちなんですね」

 タケルの言葉を聞いたアヤノはルームミラーから目を逸らす。数秒間、車の走行音だけが車中に響いた。

「まあとにかく、あれは彼氏じゃなくて弟さんだった。良かったな、タケル」

 頷いたタケルはルームミラー越しにアヤノを見たが、その切れ長の目は前方を見据え続けていた。

 車は西会津の峠を越えて新潟県内に入る。雪国の3月はまだたっぷりと雪が残っていて冬の様相を見せていた。遠くに阿賀野川が見える。川を渡る大きな橋を何度か越え、越後平野に到達した。そこからに新潟の市街地まではさほど時間はかからなかった。
 新潟中央インターチェンジを降りてホテルに直行する。ホテルにはすでに他の部員たちが到着してロビーで寛いでいた。三年生の古川トモミと高橋ツムグもそこにいた。

「おお、やっと着いたか。待ちくたびれたぞ」

 高橋がタケルに声をかける。タケルたちが到着し、大会に参加する部員は全員揃った。
 タケルはロビーに部員を集合させた。

「明日から大会が始まる。戦術的なことは夜のミーティングで伝えることにするので、それまでは自由行動だ。当たり前だけど街で羽目を外したりしないように。夜の七時半にこの場所に集合で。では解散」

 タケルはチェックインして荷物を部屋に運び込む。ツインの部屋、タケルは高橋と同室だった。タケルと一緒に高橋もエレベーターに乗って部屋に入る。

「明日はどっちがスタートなんだろうな」

 タケルと1番ポイントガードのポジション争いをしている高橋は、おどけた調子でタケルに話を振った。

「どうだろうな。正直、アヤノさんがおれたちをどう見ているか全く見当がつかない。ほんと、あの人は何を考えているのかさっぱりわからんよ」
「ほんとそれな」

 高橋と話しながらも、タケルは新潟に来るまでの車中でアヤノが語ったことについて思い出していた。
 カフェで見た男性がアヤノの弟だったという事実によってタケルの心の霧は少しだけ晴れたが、アヤノが『才能』という言葉に対して見せたこだわりは、小さな棘となってタケルの胸に突き刺さっていた。
 
 

 

第二十三話へつづく


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