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【読書感想文】『鮭おにぎりと海』を読んで

noteで出会った小説はいくつかありますが、昨年から断続的に読ませていただいていた、だいふくだるまさん著『鮭おにぎりと海』を読了しましたので、今回はその感想文です。


作品との出会い

noteを始めてから半年くらい経った頃でしょうか。ある日、気になる題名の連載小説に出会いました。試しに読んでみると、『神様』やら『なまいきくん』なんて呼ばれる変わった名前の人物が登場する。どうやら大学生を主人公とした小説らしい。興味を惹かれて読み進めようかと思ったけど、私が読んだのは物語の途中で、「あ、これは最初から読んだ方が良いかもな、、、」と思って1話から追い始めました。著者がどんな人なのかも気になったので、他の記事も読んでみたら、1人の女性の日常が、過去の記憶や記録とともに端麗で丁寧な文章で綴られていました。著者は『だいふくだるま』さんという、これまた印象的ペンネームの方でした。

毎日更新される日常を綴った文章を中心に、まとまった時間で『鮭おにぎりと海』を読む。そんな付き合い方で、時間をかけて作品を読み進めました。


登場人物と世界観

この作品の主人公は3人。自分の平凡な人生に疑問を持ちながら勉強やバイトをして過ごす大学生『葛原南海』。経済的に恵まれない環境でバイトを掛け持ちしながら大学に通う『戸田生粋』。豪快で独特の感性を持ち周りからも一目置かれる"神様"こと『神木蔵之介』。この3人の視点が入れ替わりながら物語は進む。生粋と南海の微妙な関係性を軸に、神様と呼ばれる神木の海外放浪の様子が並行して描かれます。

物語の冒頭から神木は日本を飛び出してインドへ向かう。その後もカナダ、アメリカ、モロッコ、スペインなど、海外を旅する様子が中心に描かれている。旅の経験が豊富な著者の実体験に基づくものなのだろうか、神木の視点ではそれぞれの土地の風景や現地の人々との交流を通じて実際にその地を旅しているかのような感覚に陥ります。
一方、生粋と南海の視点は彼らの生活圏内で進んでいく。勉強やバイト、そして家族のこと。誰しもが自分を投影できるような、ごく普通の日常の中でのちょっとした出来事が丁寧に描かれています。

海外放浪という非日常性と、ごく普通の日常生活との対比。二つの軸がこの物語の世界を広げている。

海外を移動する神木の物語は、外へ大きく開いた世界との出会いの旅であり、南海と生粋の物語は、自身の内面へとより深く入り込んでいく精神的な旅であるのではないかと感じました。


人に対する愛の眼差し

3人の主人公のストーリーに共通すること。それは『人間の良い部分を信じていたいという想い』だと感じました。神木が海外でトラブルに巻き込まれる原因は本人の『人の好さ』だったりするのですが、それを救ってもらうのもまた人を信じた結果であったり。生粋は複雑な家庭環境と経済的な苦境の中で、自分が出来ることを誠実に行い、それを見た周りの人たちが手を差し伸べる。南海は自分自身と向き合うことで生粋への理解を深めていく。

私が特に印象に残っているエピソード。それは物語の中盤に、神木が初冬のシカゴで夜にホテルを追い出されてしまい、コンビニの店員に救われたという話。

他にも苦境に立った主人公が周りに救われるという場面は何度かあって、物語を読み進める中で、私自身も救われた気持ちになりました。直接的に表現はされていないけど、この作品のテーマの一つは『救い』なのではないかなーと想像します。

自分自身の存在を肯定するためには、自分が存在する世界が安定的でなければならない。その安定性には『人は人を愛する存在である』という前提が必要だ。

このお話を読んで、私はそんな想いを抱きました。


最後に

以上、だいふくだるまさん著『鮭おにぎりと海』を読んだ感想でした。私のつたない文章ではこのお話の魅力を半分も伝えきれていないと思っています。3人の主人公の関りや、それぞれの生い立ちなんかもとても魅力的に描かれています。そして、南海と生粋の想いが交錯する心理描写や海の風を感じさせる爽やかな文章が、若い時分のほろ苦い記憶を呼び起こしてくれることでしょう。

長い時間をかけて読ませていただいたこの作品。物語の中での季節と現実の季節がリンクして、時の流れまで楽しませていただきました。

だいふくだるまさん、素敵な作品をありがとうございます。

新作も精力的に執筆されていらっしゃるようですので、そちらもまとめて読ませていただきます。


夜が長くなるこれからの季節、ゆったりとした気持ちで読むのにぴったりな作品ですので、興味を持った方は是非お読みになってみてください。

美しい写真や日常を丁寧に切り取ったエッセイもオススメです。




おわり

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