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活動開始と目的地

 新メンバーを迎えて、いよいよ音合わせをすることが決まった。しかし、流行中の疫病、メンバーの都合もあって、日程が延び延びになっていたが、2022年4月、ようやくスタジオに集まることとなりました。

 前回までのお話はこちらです。


初顔合わせ

 当日、自宅からスタジオのある郡山市まで車で向かい、スタジオ近くのパーキングに車を駐める。時刻は19時過ぎ。予約の時間は皆の仕事の都合もあって20時からという少し遅めの時間だ。4月とはいえ、日が沈むとかなり冷える。私は時間になるまでスタジオ近くをブラブラと歩いた。高校時代も時間があればブラブラとした通りだったが、当時通っていたCDショップや飲食店は違う店に変っていた。確かそのCDショップにはスタジオがあって、高校時代はそこで練習していた記憶がある。そんなことを考えながら歩いていると、通りの向こうからNくんがギターを背負って歩いてきた。軽く挨拶をかわし、少し早い時間だったがスタジオに向かうことにした。「久しぶりで緊張してるよ」とNくんは言った。緊張か。私はと言えば、演奏に関して多少の不安があったものの、緊張はしていなかった。むしろ、25年ぶりに会うギターのTくんや、今回新メンバーとしてベースを担当してくれるSくんに会うのが楽しみで仕方がなかった。
 Nくんと2人でスタジオに入り、それぞれ楽器の準備。私は20年以上ぶりに生のドラムを触ります。細かいチューニングなんて知らんから、家の電子ドラムと同じような配置に太鼓たちを並べます。しばらくすると、1人の男性が仕事着らしき作業着に、ベースを背負ってスタジオに入ってきた。「どうも、Sです。よろしくお願いします!」と元気な挨拶。私も元気に初めまして!と声に出す。おお、Sくんだ。眼鏡をかけた、優しそうなパパ、という印象。LINEのアイコンにお子さんの写真を使っていたので、その先入観もあるのかもしれないけど。Nくんとは中学校からの知り合いということですが、2人も久しぶりの再会、嬉しそうに話してました。Sくんが楽器を準備している間に、Tくん登場。髪型や服装は変わっていたけど、マスクの上から覗く優しい目が、高校のときの印象と全く変わってない。「久しぶり!」と挨拶を交わし、何を話したか覚えてないけど、ワイワイ、ガヤガヤとしている間に準備完了。「じゃー、『空も飛べるはず』からやりますか!」というNくんの声で、いよいよ演奏です。


25年ぶりの演奏

 私のカウントで演奏開始。この曲は高校のライブでもやったし、今回の再結成でも最初に課題曲に決まったのが『空も飛べるはず』だ。『ロビンソン』、『涙がキラリ』とともに、ブレイクした時代の彼らの代表曲(だと私は思っています)。高校を卒業してからも、テレビやカラオケで頻繁に流れるこの曲を聴くたびに、体が反応してリズムを刻んでしまうほど、私にとって馴染みの深い曲。初めての音合わせでたどたどしい演奏だったけど、一応、最後まで演奏しきれた。演奏している自分たちでも分かるほど下手な演奏だったと思うけど、私の心は喜びで満たされていた。またこうして、仲間と共に演奏ができるなんて、なんて楽しいんだ!演奏後にメンバーの顔を見ると、皆、笑みが漏れている。たぶん、皆、同じ気持ちなんだろうと思った。そのあと、『冷たい頬』、『ヒバリのこころ』を続けて演奏した。『ヒバリのこころ』は割とシンプルな曲に聞こえるけど、リズム変化やメンバー全員で合わせて音を出す部分などもあり、難易度の高い曲だと思う。特にドラムは変則的、そして連打するバスドラで、リズムキープがとても難しい。高校生の時は、確か、私がギブアップしてライブではやらなかったと記憶している。再結成にあたって自分なりに練習してきたつもりだけど、足が全くついてこないし、リズムキープも滅茶苦茶だった。やっぱり難しいな、と言ってみたけど、昔みたいに「もう無理」とは思わなかったな。家に楽器もあるし、練習を続ければたぶん、演奏できるようになる、って思った。ライブが迫っている訳でもないし、焦る必要なんて何もない。大人になったことで、日々の積み上げ、継続的な練習で何とかなるもんだって思えるようになったのかもしれない
 初めての練習、2時間はあっという間だった。終わって楽器を片づけている間にメンバーが何度も口にしてのが「楽しい」という言葉だ。まさにそう!楽しい以外の言葉が思い浮かばない。演奏が上手とか、下手とかの問題じゃない。こうやって集まって、大好きなスピッツの曲をみんなで演奏できるということの喜び。これは子どもとか大人とか関係なく、曲を演奏することの根源的な部分なんだと思う。ギターのTくんが、「やっぱり、家で一人で演奏しているときとは全然違う。みんなで演奏するのって本当に楽しいね!」と言っていたのがとても印象に残った。それが全てだ。100%同意します


※演奏の最終目標。理想が高すぎて何も見えてきません。




目標と目的

 4月の初音合わせから、もうすぐ半年を迎える。家庭や仕事の都合、そして疫病の影響などで必ず全員が集まれるわけではないが、毎月一度のペースでスタジオに集まって練習を続けている。9月の練習で計6回、音合わせをすることができた。ギターのTくん、ベースのSくんが来れなかった日もあって、そんな時は、3人で何とか音を合わせる良い練習になったし、やっぱり一人欠けても曲が成り立たないんだなーと思ったりした。 
 メンバーの住む場所はバラバラで、練習の日は各自が車でスタジオのある郡山市に集まっている。リーダーのNくんは、郡山市内のマンションに住んでいたので、歩いてスタジオ入りするのだが、帰りは私の帰る方向と同じだったので、Nくんを車に乗せてマンションまで送っていた。リーダーのNくんは、子どもたちの夏休みが終わるタイミングで、奥さんの実家のある東京に引っ越すことになっていた。本人は福島県内の会社に勤めるため、平日は単身赴任生活になるので、バンド活動はこれからも継続できるとのこと。
 引っ越しの前月の7月の練習の後、いつものようにNくんを車に乗せて移動中、今後のバンド活動についての話になった。Nくんとしては、高校時代のように、お客さんを集めてライブをしたいということだ。それをいつ頃にするのか。真面目なNくん、そうした明確な目標を定め、それに向かっていくことを考えているのだ。もちろん、その方向性に異論を唱えるつもりはない。でも、私はバンドを再開するにあたって、何か明確な目標が必要だとは思っていなかった。何が良いとか、こうすることが正しいとかいうことではなくて、目標と目的の設定の仕方で活動の方向性が決まる。そういう意味では、とても大事な話なのだとは思うのだけれど、お客さんの前で演奏することよりも、私はこのバンド活動をできる限り長く続けたいというのが望みだった。学生の頃から部活などをやっていたときも、私は試合よりも練習が大好きだった。試合で勝つことよりも、みんなと一つの目標に向って練習するという日々が好きだった。試合やライブは、目標としては無ければならないものだろう。でもそれが最終目的になってしまい、高校時代と同じように、ライブをやったら活動終了!となってしまうのは嫌だった。だから、私はNくんに、日々の活動を楽しみたいし、それをできる限り長く続けたい、ということを素直に伝えた。
 そのとき二人で話した結論としては、毎年、身内を集めるような小さな発表会のようなものを行って、その先にお客さんを集めて行うライブを行う、といったものだ。子どものピアノの発表会みたいなところからだね。歳なんて関係ないからさ。ちょっとずつ進んでいこうぜ!


今後の活動

 現時点ではまだ発表会、ライブの予定などは決まっていません。メンバー間では、4月から3月の年度区切りでそのシーズンの成果を仲間内で発表したいね、とは話しています。なので、最初の発表会は3月になるのかな?そこんところは仕切り上手のNくんのことだから、きっちり計画してくれるでしょう。

 まだまだ活動は始まったばかりだけれど、せっかく再会したメンバー、再開したバンド活動。ゆっくりでも、楽しみながら、確実に歩んでいきたい。メンバーみんなでちゃんと話し合ったわけではないけど、その想いは共有できていると思っていまーす。



つづく

サポートいただけたら、デスクワーク、子守、加齢で傷んできた腰の鍼灸治療費にあてたいと思います。