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デジタル化が進む中で、見直したい「えんぴつ力」


先日、NHKラジオでアナウンサーの話を聞いていました。彼は、取材で集まった「今、困っているひとたちの声」を、えんぴつでノートに書きとめている、という話をしていました。

コトバを生業にしているキャスターの話の中で、私が最も気になったのは、
「えんぴつで」
という点。”こころにきざむために”というその理由と、「えんぴつで」がとてもシックリくる、そんな気がしています。

一見、デジタルとは正反対に位置している「えんぴつ」ですが、デジタルの場にいる身だからこそ感じる、「えんぴつのよさ」を書いていこうと思います。

えんぴつを使う、これだけで見えるものがあります

えんぴつを使う利点、その1は「記す、消す」ことです。書きたいこと、頭に浮かんだことを「書く」こと、これは「(キーボードを)打つ」ことに比べて「想い」が濃くなります(気がします)。また、書いたけど意に沿わない、誤字があったときに「消す」こと。これも同様で、書くこと消すことによって伝えたい気持ちが整理されてきます。
同じ人が書いた同じコトバであっても、筆圧や書き方によって違った感情が生まれてくる、これも「えんぴつで書く」魅力のひとつです。

その2は「考える」こと。自らの手を動かすことによって生まれる「字」は、頭の中で考えたことを表現するものですが、ただしく表現するにはどうすればよいのか、どんなコトバを使えば伝わるのか、より強く考えることに繋がります。
脳科学などは専門ではないのでわかりませんが、書くことは記憶の定着に役立つ、なんてことも聞きますよね。

そしてその3。これは「削る」ことです。キーボードでもシャープペンシルでもなく、えんぴつを使う、使い続けるには「削る」行為が必要になります。削ればえんぴつは小さくなります。削るタイミングでは、「考える」ことを一旦整理する時間が生じます。既に紙に書いたコトバをもう一度俯瞰して見る時間ができます。
また、短くなったえんぴつを見ることで、「ここまで書いた」こともより強く実感できます。小さなことですが、「ここまで書いた」達成感は、モチベーションにつながります。

えんぴつが短くなった、これが「考えた」「想いを表現した」時間です。
その時間は、確実に、感性を高め、表現者としてのレベルをあげています。


デジタルの場だって、使う機会はたくさん

例えば、「校正」するとき。デジタルで残された原稿でも、印刷して「えんぴつで」校正するひと、少なくないと思います。私もそうしています。キーボードで打たれた文字と、えんぴつで読み返す文字。同じものなのに、視点が変わります(気がします)。特に校正は、「違う目」で見ることが求められるプロセス。一人でも疑似的に「違う目」を持てるのかもしれません。

また、広告を書くとき、それがデジタル広告であっても同じなのですが、世の中の「今」の表現、他社の広告、個人的にでも心を動かされたコピーに出会ったとき。冒頭のキャスターの話と同じく、これを「えんぴつで書きとめる」ことをしています。”スワイプファイル”は、デジタルだからデジタルで保存、が100%よいとは限りません。そのコピーが考えらえた背景をも感じたいのならば、「えんぴつ」が役に立つかもしれません。

実際に、EC現場で広告文を書いているときも、えんぴつ、ノートは欠かせないものになっています。私自身が「古い」世代だから、ということもあるでしょうけど、「クラウドに保存」したファイルよりも、記憶に残る、想いを込める、愛着がわく、そんな「コトバ」が生まれる土壌になっています(気がします)。


※余談ですが...「(気がします)」について

何度か、(気がします)って挟みましたが、実はこの「思い込み」も大切です。「えんぴつを使う」と違う視点が持てる、アイディアが浮かぶ、ポジティブな「思い込み」歓迎しましょう。


※※余談中の余談。

完全に趣味の領域ですが、『漢検1級』に挑戦中です。当然ですが、練習は「えんぴつ」です。「躊躇」「顰蹙」「懺悔」とか、えんぴつで書けたら、ちょっとカッコイイ、でしょ?笑
(いつか「合格」記を書けますように...

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