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サムライは終身雇用制

サムライは終身雇用制なのである

と説明してみた。

こちらのラジオ放送局でアシスタントをしていた時のことです。
国営のSBS放送(静岡放送ではなく、Special Broadcasting Serviceの略)というのがありまして、日本語の番組があったんですね。

そこでは67言語でのプログラムを放送していました。

1つのグループが67番組を作っているのではなくて、それぞれのことばを母国語とする人たちで成り立ってるグループが67個あったわけです。

ある時、スペイン語プログラムのチーフディレクターに「インタビューしたいんだけど」と頼まれました。

スペイン語を勉強中だったので、たまに遊びに行って会話の相手になってもらっていたのです。

「日本には終身雇用制というものがあるそうだが、それはいったいなんなのだ」

「えーと、それはつまり大学を卒業して就職してから、定年まで1つの会社に勤めあげることなのだ」と答えると

おいおい、また別の謎の扉が開いたぞ!みたいな顔で

「それは最初に契約するのか?」
「契約書に、定年まで私はここで働きますという文言があって、そこにサインするのか?」と聞く。

「いや...契約書には書いていないと思う」
「えーと、暗黙の了解?みたいな?感じで」
「あー、慣習というか」
「もちろん、途中で辞めたら罰金取られるってわけでもないと思うが」
「最近は次々と会社を変えてステップアップしていくひともいるらしく」

もうしどろもどろのどろどろであります。

墓穴を掘る、ということを「Digging」って言ったりするけど、どんどん足元を掘り進んで、こままじゃ地球の裏側にたどり着きそうだ。

会社勤めもしたことないのに、日本の会社研究家みたいな顔してインタビューに答えているのがつくづく恥ずかしい。インタビュアーが不憫である。

しかし、ここでびしっと、しれっと、それっぽいことを言わなければ、このインタビューも終わらない。

サムライは終身雇用制なのである

と言ってみた。

言ったとたんに、「それっぽい」気がしてきた。

サムライは主君のために忠誠を誓う。
主君はサムライを、その家族丸ごとの面倒みる。
損得と言うより、伝統である。
だから、家族より会社と過ごす時間が長い人はたくさんいるし、「会社=家族=人生」と感じる人だっている。

・・・なんかあたし良い感じのこと言ってる!?

相手はふーんと曖昧な顔で頷いて、インタビューが終わりました。

小学一年生の時のことを思い出します。

「うちのお兄ちゃんローニンなんだよね...」

と友人が嘆かわし気につぶやいたのを私の耳は逃さず、平静を装ってふーんと頷きながら、内心はやんややんやの桜の大吹雪のようで、じゃあねーと急いで家に帰って、ゼーハー息切れしながら、姉に

「...いた!ローニン、まだいた!」

二人して「まだいたんだねえ」と涙ぐんだことを懐かしく思い出します。

時代劇大好きの姉妹でした。

「ローニン」に「試験に再挑戦するために勉強する人」という意味があるなんて知らなかった。

海外でもたぶん「Ronin」と言えば、社会秩序から外れた「元サムライ」の意味のほうが有名でしょう。
何年か前、キアヌリーブスが『47 Ronin』という映画を作ったけど、これが実は47人の受験生の話だった!なんてことになったら、観客は怒るかな、いや、わりと面白がってくれるかもしれませんね。

この日本語放送での仕事は楽しかったです。

オーストラリアは多民族国家です。
半分以上の人が「家庭では英語以外の言葉で話している」ともいわれます。

その言語を喋る人がどのくらいいるか
で、番組の長さと放送時間帯が決まっていました。

喋る人口が多いグループは、抱えるスタッフも多く、予算も多く、局内で権力を持つようになります。

当時は「ベトナム語グループ」と「ギリシャ語グループ」が覇権争いをしていました。

局内で、民族紛争や宗教戦争的争いが勃発することもありました。
今、ウクライナ語とロシア語プログラムはどうなっているのだろう、と思いをはせます。

国勢調査の結果、その言語をしゃべる人口が著しく少なくなった、となると、その言語プログラムは消滅します。

たしかスコットランドの言葉だったか、忘れたけど、ひとりで切り盛りしていたアナウンサーが粛々と荷物をまとめて去っていくのを見たことがあります。周りも「しょうがないよな・・・」去っていく人も「うん、しょうがないんだな」と繰り返していた。

当時、日本語放送は火曜日の夜10時からの1時間、生放送でした。

「火曜日の夜10時ポジション」というのは、どんな立ち位置なんでしょうね。
人に例えるなら、リーダーというよりは、サポートか。主役と言うより、ベテランのわき役か。

一日働いて帰ってきた人がほっとしてラジオをつける時間。
寝る前の落ち着いた時間。

「午前8時」とか「夕方5時」はいかにも情報番組っぽい。
「月曜夜9時」はきらきらしすぎている。
「火曜日夜10時」はラジオ番組としてはなかなか良い時間だったなあ、と今思います。


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