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うちの妖刀

料理中、トントンサクサク野菜を刻みながら思うのは「不公平」について。

私は右利きなので、切られるのはいつも左手なんですね。

切った瞬間、右手が「切っちゃった」と焦る。左手が「切られた」と青ざめる。真ん中で私は途方に暮れる。切られて血を流すのはいつも左手で、そのうち左手が一揆を起こすんじゃないかと思う。でも、右手ばかり責めるのもおかしな話で、だいたい右手がやっていることを左手が知らない、というのがおかしい。いつもいつも切られてるんだから、右手の殺気を感じてさっさと逃げればいい。

時代劇の斬られ役のプロは「斬られ方」の美学を追求するというけれど、今ここでひとまず追求すべきはバンドエイドであります。

家にお客さんが来てギクリと緊張が走るのは「手伝うよ~」と言われる時です。

友人がサラダ用にトマトを切り始めて「なにこれ、全部潰れちゃうんだけど!」と驚いた。というか呆れた。

そう、うちの包丁は全然切れない。

食材の繊維を切るというよりは叩き潰す感じになって、おそらく消化がいい。

よく「切れる包丁の方が危なくないんだよ」というけど、そんなことないと思うんですよ。

切れる包丁は手術用メスみたいに触れただけで切れる。気づかないうちに指先がするっと切れて、例えばベジタリアンのお客さん用に作った野菜料理にポロッと入ってしまったらどうしようと想像して、想像しただけで青くなる。

話が矛盾するようですが

私はトマトが「潰れトマト」になったって、玉ねぎに泣かされ続けたって、全く平気です。でもパンだけは、パンだけは美しく切り口がきりっと立ち上がるように切りたい。

パン切り包丁がぽっきり折れてしまったので、オンラインで探して買いました。藤次郎。日本のアマゾンでは2200円。そのうたい文句がなかなかいかしてる。

「硬いパンも柔らかいパンも切りやすい パンくずが出にくく断面がきれい」 

日本のアマゾンはオーストラリアに配達してくれないので、オーストラリアのAmazonで購入。45ドルくらい(約3600円)でした。

この藤次郎さん、よく切れるのです。そっと刃先をパンの上に置くと吸い込まれていく感じが妖しく、ちょっと怖い。うちでは「妖刀」と呼んでいます。

こちらで活躍している日本人シェフの方たちは、やっぱり刃物は日本製だよ。自分で見て選ばないと。スーツケースに入れて持って帰ればいいんだよ。問題ないよ。とおっしゃいますが、包丁をぎっちり詰め込んだスーツケースだなんて、ギターケースに銃を入れてる殺し屋みたいじゃないですか。デスペラードだっけ。アントニオバンデラスだっけ。

そんなプロっぽい雰囲気を勘づかれて「開けなさい」と言われたらどんな顔して開ければいいんでしょう。いやはや。

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