侠客鬼瓦興業 第18話めぐみちゃんの涙
前日から始まったお祭りも、今日はお神輿も出るとあってか、たくさんの人で賑わっていた。
テキヤ二日目を迎え、スキンヘッドの熊井さんとの対決という大きな壁を、みごと愛の力で乗り越えた僕は、幸せの絶頂だった。なんで幸せかって? それはもちろん、僕の隣に憧れのめぐみちゃんがいるからなのだ!
「はい、百円ねー、ありがとうー」
めぐみちゃんは、その美声とまぶしい笑顔で、飴を買いにきた子供達とふれあっていた。僕はそんな彼女の姿を、ポーと頬を染めながらニコニコ笑顔で見つめていた。
「みんな無邪気で可愛いねー」
めぐみちゃんは優しい笑顔で振り返った。
「え?…あ、そうだね…」
僕は急に彼女と目があって、ドキドキしながら返事した。めぐみちゃんは露店の外の賑わいに目を移すと、ちょっと寂しげに微笑み
「私ね、小さいとき、お祭りって大好きだったんだ。母につれてきてもらっては、こうした飴をよく買ってもらったの・・・」
「へえ、お母さんに」
「うん…」
めぐみちゃんは、できたての飴を袋につめながら、静かにうなずいた。僕はどことなく寂しそうな笑顔が気になった。
「めぐみちゃんのお母さんって、きっと優しい人なんだろうね」
めぐみちゃんは、笑顔で僕に振りかえると静かに話しを始めた。
「うん、とっても優しい人だったって、鬼瓦のおばさんも話してた。あ、鬼瓦のおばさんと、私のお母さん、親友だったんだ・・・」
「鬼瓦のおばさんって、社長の奥さんでしょ、へえ、親友だったんだ…」
僕はそう言いながら、はっとあることに気が付いた。
「優しい人だった、って…?」
めぐみちゃんは静かにうつむくと
「うん、私のお母さん、私が小さい時に病気で、天国にいっちゃったの・・・」
「え?・・・ご、ごめんね、何も知らずに」
彼女は首を横に振りながら寂しそうに微笑み
「私ね、小さかったけど、お母さんとの思い出って、こうした縁日に連れて来てもらったことだけ覚えてるの・・・。だから私、お祭りに来るたびに、そばにお母さんがいるような気がして・・・。」
めぐみちゃんは声を少し詰まらせながら、遠くを静かに見つめていた。
「め…、めぐみちゃん…」
僕の言葉に、めぐみちゃんは、唇をすこしかみながら振り返り、透き通るような笑顔で微笑んだ。
「ごめんね、吉宗くん、いきなりこんな話し、なんだか吉宗くんとは、とても話しやすくって、気にしないでね、もう昔のことだし…」
「それにお母さんがいなくなってからは、鬼瓦のおばちゃんが本当の娘のように私のことを可愛がってくれて、よくお祭りにも連れて来てくれたんだ」
僕は静かにうなずきながら、めぐみちゃんの話しを聞いていた。
「お祭りっていっても、おばちゃんも昔は仕事で来てたから、実は私も隣でこうやって手伝ってたんだよ」
「どうりで、お客さん相手になれてるなーと思ったら、実はベテランだったんだね」
「ベテランだなんて、なんか変」
めぐみちゃんはそう言いながら楽しそうに笑った。僕は彼女のそんな笑顔を見ていて、心がキュンとなる思いだった。
「さあ、仕事仕事ー!!」
めぐみちゃんは、そう言うと、明るく笑って声を張り上げ
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃいー!
べっこう飴おいしいですよー!」
そして、ぼうっと彼女を見つめている僕に、いたずらな笑顔で話しかけてきた。
「何やってるの?しっかり頑張らないと、また追島さんにしかられちゃうよ!」
「あ、うん」
僕は慌てて銅板の上に並んだ型枠に熱い飴を流し込んだ。そして型に入った飴が、固まるのを待ちながら、そっとめぐみちゃんを見た。そこには小さな子供達の目線にしゃがんで、優しく飴を手渡している、天使のようなめぐみちゃんの姿があった。
(辛く悲しい思い出がを背負いながらも、こんなに明るくて、やさしくて・・・。僕はめぐみちゃんのためなら、例え火の中水の中、どんな辛いことがあってもがんばるぞ…!)
心の中で熱い炎をたぎらせながら、そう誓いを立てていた。
「よし!」
僕はつぶやくと、固まり始めたべっこう飴に、へらを使ってサラサラと絵を描き始めた。そして固まった飴を型からはずすと、その一つをめぐみちゃんに差し出した。
「めぐみちゃん、こ、これ!」
めぐみちゃんは子供達に手を振りながら、僕の手の小さなべっこう飴を見て目を輝かせた。
「わー!何これー」
それは、小さな型に可愛い女の子を描いた僕の力作のべっこう飴だった。
「これ、プレゼント…」
僕は真っ赤になりながら、彼女にその飴を手渡した。
「かわいいー、ありがとう、あっ?!」
めぐみちゃんは手にしたべっこう飴の中に書かれた小さな文字に目をとめた。
『メグチャン ガンバ!!』
へらでそう書かれた飴をうれしそうにじーと見つめていた。そして、静かに無言でうんとうなずいた後、キラキラ輝く目で僕を見つめた。
「ありがとう、吉宗くん、これ大切にするね」
めぐみちゃんは、その飴を小さなビニールの袋に入れて口をきゅっと閉めると、いつまでも嬉しそうに眺めていた。そして元気に振り向いて僕を見ると
「本当にありがとう、やっぱり吉宗くんってやさしいんだね、私が思っていた通りだった」
とびっきりの笑顔で、最高の言葉を返してくれた。
「いや、そんなやさしいだなんて、ははは」
(うれしいぃ~、うれしすぎる~)
僕は、天にも昇る最高の気持だった。そしてその勢いに乗った僕は思いきってあることをめぐみちゃんに尋ねた。
「あ、あの、めぐみちゃん…」
「?」
「あ、あの、す、好きな人は、い、いるんですか?」
僕のその言葉でめぐみちゃんは笑顔から、驚きの顔にかわった、そしてそのままうつむいて黙り込んでしまった。
「え、あ…!」
僕は彼女の様子に動揺し言葉を失ってしまった。
(やっぱり好きな人いるんだー、)
そう思ったとたん、天国から奈落の底へと突き落される気もちだった。そして僕は黙ってうつむいているめぐみちゃんに、必死に作り笑いで声をかけた。
「あ、ごめん、、急に変なこと聞いちゃったりして、ははは、好きな人、やっぱりいたんだね。ははっは、めぐみちゃんくらい可愛ければ付き合ってる人だって、ははは」
僕の言葉に、めぐみちゃんは一瞬きょとんとした顔をすると、そのあと小さく首を振った。
「好きな人はいないよ…」
「えっ!?」
「それに、お付き合いしている人もいない・・・」
僕は目をパチパチしながらめぐみちゃんを見つめた。そして彼女の口から発せられたその言葉に押されて、僕の心は再び奈落の底から這い上がり、またしても空をパタパタと飛びはじめた。
(春だー、やっぱり春が来たー)
僕は心の羽をパタパタさせながら、得意のお公家様顔でにんまりしていた。
「好きな人も、付き合っている人もいないけど、でも…」
「え?」
僕の心はパタパタ羽ばたくのをぴたりと止めると、彼女の話の続きに真剣に耳をかたむけた。
「で、でも?」
「うん、でも私、人を好きになってはいけないんです」
「!?」
「私は人を好きになっちゃいけないんです・・・」
そう繰り返すと、悲しそうに涙を浮かべてうつむいた。
(人を好きになっちゃいけない?)
僕はめぐみちゃんの言葉に動揺しながら、彼女の前でお地蔵さんのようにじっと固まってしまったのだった。
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