ストーリー32 勉強に励むヒロミさん
ヒロミさんが中学生の時に父親を亡くしました。いまでいう過労死だと思われます。真面目で仕事人間だったお父さんは過労で倒れ、原因不明の高熱が続いて、そのまま亡くなってしまいました。あまりにも突然のことで、どう受け止めてよいかわかりませんでした。とは言っても母と姉と自分の三人で、どうにか生きていかなくてはいけません。大黒柱を失った不安を隠すように、それぞれ毎日の生活に励んできました。
母は、娘たちが不憫な思いをしないように一生懸命に働き、学校の行事にも顔を出し、大きな愛情を注いでくれました。夕食は質素でしたが、いつもそろって食べることにしていました。三人で支え合う幸せが感じられる食卓でした。
ところが、姉が高校卒業後の進路を考え始めた頃から、少しづつ重苦しい雰囲気が漂い始めました。大学進学を希望する姉と、できれば就職して自立してほしい母との間で意見がぶつかったのです。食卓の会話も気まずくなる期間がしばらく続きました。母と姉はきちんと話し合って、短大への進学は母が応援し、さらに勉強するなら姉が自分の責任で、という結論になりました。
このことはヒロミさんにも無関係なことではありませんでした。大学に進学して薬の研究開発をしたいと希望していたからです。姉さん以上に費用がかかります。あきらめるしかないか、と一度は心を決めました。
すると、父への恨みや友人へのねたみが、一気に心の中で渦巻くようになりました。
「どうして自分だけ、こんな目に合わなければならないのか」
自暴自棄になり、生活もすさんでいきました。
転機は、突然でした。文化祭で、ヴィクトール・フランクルの生涯を描いた演劇を見たのです。「夜と霧」という本を書いたオーストリアの精神学者です。ナチの強制収容所に入れられ、両親も妻も殺されました。すさまじく劣悪な環境で、想像を絶するような仕打ちの続く収容所で、それでも希望を失わずに生きることの力を理解した人物でした。
「こんな状況でただひとつ意味があるとしたら、それは私が生きていることだ。苦しみながらも生きている。確かにもっと悲惨な状況にもなるだろう。それでも私は人生にYESということをやめない。これが私に残された最後の自由だ」
ヴィクトール役の語りかけが、ヒロミさんの心に刺さりました。自分の置かれた境遇を嘆き、友人をうらやんで生きる自分には未来がないことを知りました。いつまで被害者の立場でいじけていても、何も変わらない。こんな状況でも何かの希望は見つけられるはずだ。
公演が終了し、明るくなったホールの座席で、ヒロミさんは心に新しい思いが芽生えてくることを感じていました。
ヒロミさんは、いままで以上に勉強に精を出すようになりました。所属する理科研究部の活動にも励んでいます。教えてくれる先生、一緒にチャレンジする仲間、自由に使える設備、すべてがそろっていることに気づいたからです。科学コンクールにも応募しようと一生懸命に取り組んでいます。
将来のことはまだわかりません。今できることを見つけて、取り組み続けています。こういう境遇に置かれたことをつらく思わないといえば嘘になります。それでも人生をあきらめない。ヒロミさんは前を向いて歩いています。
ほめられると調子に乗って、伸びるタイプです。サポートいただけたら、泣いて喜びます。もっともっとノートを書きます。