黒とグレー

どうせ今日も遅れるのだろうと思っていたが
バスは予定通りの時間に着いた。
 
大抵遅れるのに
ごくたまに時間通り到着することがある。
 
そんなときは
降りたバス停の前にあるコーヒーショップで
出勤までの時間を潰す。
 
月に何度もない
贅沢な朝の時間である。
 
店に入るといつも最初に目に入るのが
右の壁側にある小さな席である。
 
そこにはいつも
ロマンスグレーの男性が
入り口に向かうように座っている。
 
滅多に行かないコーヒーショップに
いつ行ってもそこにいるということは
毎朝いるのだろう。
 
スーツ姿の眼鏡をかけたそのグレーマンはいつも
ビジネスバッグを脇に置き
スマートホンをテーブルに
イヤホンを耳にして
ホットコーヒーを飲みながら
何かを読んでいる。
 
なぜカップの飲み物が
ホットコーヒーだとわかるかというと
グレーマンがホットコーヒーを注文しているのを
一度だけ見たことがあるからである。
 
同じ時間に
同じ席に座って
同じことをしているということは
いつも同じものを飲んでいるはずだと勝手に決め付けている。
 
彼は時々思い出したように
急に顔を上げて前を見ることがあるので
間にいくつかの席があったとしても
向かい合わせにならないように
慎重に席を選ばなければならない。
 
その日の朝も予定通りにバスが着いたので
コーヒーショップに寄った。
自動ドアが開いて
私は無意識に右の壁側の席を見た。
 
グレーマンがいなかった。
反射的に狭い店の中を見回したが
彼はどこにもいなかった。
 

コーヒーを飲み終え、店を出て歩き始めた。
横断歩道のそばの川に
逆さまになった傘が落ちて揺れているのが見えて
「そういえば今日はいなかったな」
とグレーマンのことを思い出した。
 
傘はグレーではなく黒だったが
なぜか彼のことを思い出した。
 
でもやはり 信号が青に変わり
再び歩き始める頃には
もう他のことを考えていた。


2016年7月10日 日曜日


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