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【小説】健子という女のこと(11)

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 人間なんて緻密にできているようで、実は華奢で脆いもの。いとも、簡単に壊れてしまうものなのだ。冴子は、やがて父のように、なってしまうだろう自分の姿を想像してみる。長いようで短い自分の人生を、これからどうして生きていけばいいのだろう・・・。将来の像が結べないで、編めないもどかしさに加え、<夫の不倫>という、もう一本の厄介な糸が絡まってきた。
 冴子は、この何もかもが、混乱した状況から、逃げ出したいと思う。肩を落とし宮川沿いを、とぼとぼと歩きながら考えている。自分は家族全体の母親役をしているのだ。成人した二人の息子の母親としての役目は、何とか卒業させてもらったのに、自分の娘ほどの年恰好の女に、血道を上げているバカ夫と、時に幼児帰りする認知症の父に対する、<母親役>からは、ここ当分の間、卒業させてもらえないだろう。
 早く自分だけの時間が持てるような女になり、夫に対する優しい妻に、戻りたいと無性に思うのだった。

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「みたらし団子はいかが」露天商の売り娘が、冴子に向けて、一層大声を張り上げて、呼び込みをして来た。菓子屋の店先でワゴンを出して、祭り客相手に団子を売っている。
 米の粉をねって、竹串に刺した団子で、飛騨名産らしい。焼きながら醤油につけ、狐色にこげて美味しそうな香りが、冴子の空腹感を呼び戻したようだ。冴子は一皿注文した。赤い毛氈がかけられた床几に腰掛けて、行き交う人々を眺めながら、そろそろ下呂へ戻らなければと思うのだった。

 ニセ田端夫妻は、飛騨川沿いを下呂温泉郷に向かって、鶴瓶落としの秋の夕暮れの中、レンターカーで走っている。国道四十一号線は、飛騨川沿いを走る。車のスモールランプの赤い列が、道なりに緩やかに蛇行しながら、連なっていた。

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 健子は、助手席で黙って、時折見え隠れする飛騨川の穏やかな川面を眺めていた。「お母さんの一生って、なんだったんだろう」健子はしんみりと、つぶやくように、田端に問いかけてきた。
「幸せな一生だったと思うよ」田端もしんみりと、健子の愛おしさにだけ応えた。あまりにも、唐突な健子の問いかけに、田端は健子の真意が、初めは読めなかった。

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