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【小説】健子という女のこと(12)

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「病弱で貧乏で・・・」と、また健子の母親を、思う独り言が車内に充満し、田端のこころに付着した。田端は高山祭に、健子と来たことを後悔する。こんなにまで、健子と母親の思い出が詰まっている、あの街に行かなければ、健子を感傷的にさせずにすんだものを・・・。
 田端は、気軽に健子の誘いに乗った自分を責めた。蘇った母親の面影は、過ぎ去ってしまった、健子との時間をも、蘇らせてしまつたようで、健子は時折微笑み、時折曇った顔つきになる。
「人を愛するって・・・どういうことかしら・・・」健子は、またもや唐突な質問を、田端に投げかける。田端は、自分たちの関係に、悩んでの質問だと思った。「いろんな場合があって、いいんじゃないのか・・・」田端は、生半可な返事をした。
 田端は普段から考えている。人を愛するということは、自分のことより、その人のことを、より以上に大切に想うことだと。この世に生を受けて、まず両親からの深い<愛>を受け、兄弟姉妹同士のお互いの<愛>の中で成長し、やがて愛し合う人と結婚して、生れ出るわが子を愛する。人は、そんな<愛>の輪の中で、生かされているのだ。そんなことを、田端は健子に話して聞かせてやった。

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「違うのよ!男と女の恋愛のことなの・・・」健子は田端に、確認するようにいった。「僕らのことか・・・」と、いった切り田端は、言葉を選んでいるのだろう。口ごもって、車のハンドルの握りを変える。そして、思い切っていった。
「たとえ、僕らのような関係だって・・・」との田端の言葉に、健子は被せるように「違うの!お母さんのこと・・・なの」健子は、亡き母親のことを少しずつ話し始めた。
 薄暗くなって来た、秋の夕暮れの車内は、健子のか細い声だけが漂い、一層寂しさを増幅させるのであった。
 とっくに忘れてしまったと、いっていた男(ひと)のことを、一生涯、慕い続けていたことが、亡くなってから判ったのだと、健子はいった。母が寝ていた、病院のベッドの布団を整理していた時、ボロボロで、ところどころに染みが付いた、一枚の写真が床に舞い落ちたという。
 おそらく、一人の時に、その写真を、こっそり引き出しては、想い出に酔っていたのだろう。その写真を拾いながら、健子は母親の愛おしい女の部分を見たのだと話してくれた。


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