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ショートショート『父の納豆チーズオムレツ』

 土曜日の朝は、父が納豆チーズオムレツを作ってくれる。その名の通り、納豆とチーズのオムレツだ。それだけのものだが私にとっては特別だった。仕事で忙しい父が「せめて休日だけでも」と朝食を作って親らしく振舞おうとしてくれるのが嬉しかった。
目覚めてリビングへ向かうと、納豆の香りがふんわりと漂っていて、ボロボロのオムレツがテーブルに置かれている様子を見ると「土曜日」を感じることができた。
サザエさんを見ると憂鬱になる「サザエさん症候群」みたいに、父の納豆チーズオムレツを見ると爽快な気持ちになる。「納豆チーズオムレツ症候群」だ。悪い気分にはならないのだから、この名は少し不適切だろうか。

 母は2年前に他界した。持病が急に悪化してそのままこの世を去った。父は泣き崩れ数日動かなかった。私は母があまり好きじゃなかったが、やっぱり家族が亡くなるのは悲しかった。
父が母の代わりにオムレツを作り出したのは最近のことだった。だからまだ下手でオムレツの形はいつもボロボロで不格好だった。たまに比較的綺麗に作ることがあって、そういうときは父がニヤニヤしながら写真を撮ってたりする。SNSにアップするんだそうだ。

 今日の朝は父の納豆チーズオムレツがなかった。昨日の仕事の疲れからか父がまだ寝ていたからだ。もう8時を過ぎていた。
だから代わりに私が納豆チーズオムレツを作ることにした。作り方は父のをマネした。「卵2個」「納豆1パック」「ピザ用チーズ適量」そして「牛乳50㏄」「塩胡椒少々」だ。全部混ぜて焼くだけだったが、ひっくり返す工程が難しく父と作るオムレツと同じように不格好になってしまった。「ボロボロじゃん」と父のオムレツをバカにしていたが、これじゃあ何も言えないな。

 父に「いつものお返し」と言って納豆チーズオムレツを見せると「ありがとう!」と喜んでくれた。「はは、でもボロボロだね」とバカにもされた。いつものお返しのつもりだろうか。
父はニヤニヤしながら写真を撮ったあと、大事そうに丁寧に口に運んだ。
「うまい!」

でかい声で言ったもんだから肩が跳ねた。本当に美味しそうに食べている。この姿を見れただけでも作った甲斐があった。また作ってやろうかな。

 あれから土曜日は私が納豆チーズオムレツを作ることになった。父の仕事が忙しくなり疲れが溜まって土曜日の朝はキツイだろうと思ったからだ。そのお返しとでもいうように、日曜日の朝に父が作るようになった。お互いに不格好なオムレツをバカにしながら食べさせ合っている。綺麗に作れるようになっても、このやり取りは続くような気がした。

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