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散歩道に見た決意

 紺色の落ち着いた総柄Tシャツにオフホワイトのアンクルパンツ。い草の偽物みたいな素材のサンダルを履いて、ゆっくりと玄関ドアを開いていく。今日はいつもと違う服装で夕暮れの散歩。何かが嫌になると僕は散歩をする。だけれど、ほぼ毎日のことだった。社会が嫌で、自分が嫌で、つまらない人生が嫌だった。でも今日は少し違う。
 いつもと同じように幼馴染の家の前を横目で通りすぎる。そうすると、無駄に広い緑の田舎道にでる。この無駄が僕は好きだ。濃淡様々な緑と乾いた茶色がアスファルトの脇を飾る。やわらかな若々しい稲が波を重ねて忙しそうだ。ただ、急かされているようではなかった。風は少し強いが、優しく蒸れた空気を押し流してくれた。青白い雲の切れ間から白銀に輝く光が漏れている。その雲の輪郭を淡くも力強い光が縁取って神秘的なようすだ。神を信じたことはないが、この時はいてもおかしくないと思った。いつもなら重い足取りは、心と比例して僅かに軽くゆったりとしていた。
 曲道を二回通って家の方向へ歩く。東の空は、なめらかでのっぺりとした雲が手を大きく広げていた。運動不足のせいで既に疲れが見え隠れしている。少し伸びた髭をジョリジョリと撫でる。また剃らなきゃならないことを考えると面倒くさくて、外に出なきゃいいんだとか思う。それでも結局剃る。やけに数が多いショウジョウトンボが辺りを飛びまわって、カエルは僕を避けて田圃へぽちゃりと帰っていった。ちょっと前まで黒いオタマジャクシだったのに、緑色に染まって大きくなったね。いつもの散歩は毎日少しずつ違う。僅かな変化を続けて大きく変わっていく。これが四季の移り変わりなんだ。今日から僕は、その流れのように緩やかに変わる。今までの自分に少しづつ距離を置いて、自分らしく生きられるように自分の手で成していく。ちょっとしたことで勇気が湧いたんだ。伸びて10頭身はあろう影が、僕の行く先をたらたらと歩いていた。

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