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光男の枠下人生~第2章~         パチスロ「ラ・マン」

 光男としてはスロット、つまりパチスロのことを「回胴」(かいどう)と表現したかった。
「回胴魂」(かいどうだましい)とか言いたかった。
しかしこれは某超有名パチスロライターさん達が名付けたキャッチコピー、造語である。何者でも無い光男がそれを書いたり放ったところでなんていうか、痛々しさだけが香るパクリ平民だという事をいい加減心得ていた光男であった。それは光男が35歳の頃にネット掲示板上で己のスロット収支を語った事があったのだが、それらの文言や内容のほとんどがそういった専門雑誌の文言をモチーフにした、つまり「パクリ」だったのだ。
光男はそれらを即時に感付かれ四面楚歌となってしまった事が有る。
ネットの書き込みは文字として書き起こされてしまう故にじっくりと添削されてしまう。
そう、そこは場末の工場の、現場のオジサン達相手にさも自分で会得したかのようなのたまわりは出来ない場所であるということを痛感するまでの光男は、30代まではそこそこ快活な男であった。
だからこそクソハードルの高い趣味「バンド」もやっていたくらいだ。
しかし、この頃から世間とのズレというか、世界とのズレを感じ始めた。
と、言いつつ、どこかで「オレは世界で唯一無二」みたいな気分にだけでも勝手に浸りたかったので「世界」などという大層なワードも持ち込んでしまう光男であったが、次第に毎日何かに怯えるようになるにつれ、あまり発言もしなくなっていく。
「そうだ、何のオリジナリティも無い自分は所詮は贋作なのだから」と、
自らが偽者、まがい物であることをいよいよ自覚してしまった。
そして逃げた先はパチンコ屋である。
ここはどんな人間だろうが平等だ、そして大当たりすると光や音や虹色などで祝福してくれる。そして特殊景品を換金すればお金にもなる。
まさに楽園だ。光男はもう、勤め人など辞めてどこかの片田舎でヤブ医者に精神疾患のカルテでも書いてもらった上で(まかり通ると思ってしまってる光男)生活保護を貰いながら毎日低貸しでいいから2円スロットに毎日通って1日中ぶん回すようなアヘン窟のような生涯でも良いかと考えていた。その昔「ラ・マン」という愛人映画が有ったが、それなりにシュっとしていたダンディな主人公?が最期にはアヘン窟で廃人になってしまうシーンが脳裏に浮かんだ。
「ああ、あれでもいい、周りからどう観られようが本人はそれが一番楽なんんだろうからな」と。
光男は有休を取り、地元の場末の中型ホールに向かった。
「居る、居るぞ、香ばしい連中が!」光男は心が躍った。
ちなみにこの「香ばしい」という表現も某有名ライターの真似であった。
季節は7月初旬のジメジメとした朝だった、光男の言う通り、香ばしい連中数十人が列をなしている。経年劣化によりテカテカに光った紺色のナイロンジャージ上下、に偽クロックス。経年劣化により細かい毛玉だらけにACミランのユニホームに冴えないジーンズに偽クロックス。10年位前のモデルの毛玉だらけの黒とゴールドを基調としたア〇ィダスのジャージ上下に偽クロックス。どうやらこの街では偽クロックスが大人気のようだ、今日は小雨がぱらついているが、穴ぽこから雨が入ってびちゃびちゃにはならないのだろうか?
光男はワクワクが止まらなかった、「なんだよココは、もしかして天国なんじゃないのか?」開店後、メインであるはずの20円スロットに着席する客は独りも居なかった。真っ先に埋まったのは最低レートの2円スロットであった。彼らは作業開始とばかりに黙々とそれを打ち出した。
しばらくして大当たりを引くと喫煙所に行きタバコに火を付ける、至福の時だ。脳内の快楽物質に追い打ちをかけるニコチンの効果、これでほぼガンギマリが可能とも言えるだろう。
光男は想像した。この生活をこれから先おのが寿命を全うするまでの間続けたら一体どうなるのだろうか?と。
いずれ人は死ぬ。生真面目にサラリーマンとして定年、雇用延長で65歳まで頑張ったとしても定年後の年金生活に入れば結局は1円パチンコの海物語を毎日打ち位に行くのだろうなと。別にパチンコ屋が悪とは言ってはいない、いないのだけれど結局ここに毎日集まって来るような人々はそれなりに諸事情を抱えた、決して豊かではない人々、若しくは暇を持て余した老人位しか来ない場所だと勝手に決め付ける、想像力が欠如した光男。
だからといってどこのジャンルへ頭を突っ込もうとしても「なんかコイツ、いろいろ分かって無い」感を相手に与えてしまう。
だったらもうとりあえず昔からゲソ付けたバンドを譜面も読めないけどやるか、なにせまだ女にもモテて無いしな、、、
アレ?な無い人には同じくアレ?な無い人が不思議と縁するもので、光男のバンドはある日練習中にスタジオに飛び込んで来た素人のレーベルの営業と名乗る男の口車ににまんまと引っ掛かり、大量の在庫を抱えるバカダっサいデザインのオムニバスCDを5万円分抱え、数ヶ月後に恥ずかし過ぎて燃えるゴミの日に処分した事がある。そのタイトルは「メジャーデビュー4!」である。
メジャー感を出すためにCDジャケットに無数に散りばめられた☆の模様に
無造作に打たれた「メジャーデビュー4!」の文字。
しかも、自バンドの1曲目は録音ミスか何かでベースの音が初っ端切れていた。「ボソ、ボソ、ビビっ、ビビッ!」と相変わらず抜けが悪い下痢みたいなベース音そのものが「やっぱりキミに音楽は向いてないよ、楽器愛が無さ過ぎる、上手い下手の問題では無い、あまりにも適当過ぎる!」と言われている様だった。どうあがいてもその道の「ど真ん中」には近づけない、近寄れない光男。
自分が信じて止まなかった邦楽のロックアーティストですら、そのルーツである洋楽バンドがいくつも存在する事を知ったのはその「メジャーデビュー4」事件からおよそ25年も後の事になるとは光男も想像だにしていなかった。そのような素地の者にバンドでわーキャー言われる要素はもはやゼロであり、ゼロに何を賭けようがゼロだと、いつしか諭されてしまった光男。
結局光男はこの2スロの空間ですらなんだか苦痛に感じ、午前中でホールを後にした。ちなみにホール名は「パラダイス」であった。
この、一見パラダイスにも見えた生活保護2スロ人生も、こんな毛玉の付いたジャージ上下姿は畏れ多くも自分のプレイスタイルには合っていないと思ったのだ。
まだ自分がそれをするには生意気過ぎる、なんかいろいろ振り切れ無いし
そこには飛び込めない、ここでも無いのかオレの居場所は!
光男は落胆した。以降、光男は小金の有る土日のみスロットを打ちに行き、
年間コンスタントに100万円負けて行った。
そんな光男の趣味は「寝転がってyoutubeなどの動画を観る」事だった。
それはそれはもう、休みの日の早朝に起床してから一歩も外に出る事は無く、ひたすら寝転がりながら見続け、疲れて来たら惰眠を貪る。
腹が減ったら適当に出前を取り、満腹になればご満悦でお昼寝をする。
その後またyoutubeを閲覧し、ワ〇ピースなどのカッコいい格言なんかをしみじみ感じながら「それはそれ、これはこれ」などと独り言を言いながらエロ動画検索へと進むのである。
満腹で、自慰行為で果てた後にそのまま仰向けになりながらウトウトする。
それが光男の本当の「趣味」なのかもしれない。合法のアヘン窟なのかもしれない。話は反れるが、とある日、古くからの友人が「合法大麻に興味がある」と言っていたが、光男にとっては全くどうでも良い事だった。
光男は自分がどのような立ち位置なのかを若い頃からよく自覚していた。
バンドという世界を僅かながらでも垣間見て来ながら、激しいジャンルの音楽やライブにも足を運んでいれば当然ながらそういうドラッグみたいな、タトゥみたいなアウトロー的な、なんだか危ない橋を渡っているZe!?
みたいなのに憧れながらも「でもおっかない」という理由のみで避けて来た。その拒絶の仕方は60代の街のおば様レベルで「何なの?あのトゲトゲの格好に入れ墨!怖いわぁ!おまわりさーん!」と取り乱すレベルだ。とあるライブハウスでは「キメ部屋」と呼ばれる場所から漂って来る違法な煙臭を避けるべく、とにかく息を止めて通り過ぎていた。ついには友人に「俺、
帰る!」と敗残兵のように早々に逃げ出したりした。帰路に付く途中の立ち食いそば屋でかき揚げうどんを頬張りながら、あのまま居れさえすればそういう悪いお友達の紹介で個室で露出度高目のおねいさん達とも濃厚な飲み会が用意されていたらしい。光男は逃した魚に過剰なまでに憤りながらかき揚げにがっついていた、もしかしたら不意に吸い込まされた不思議な煙の効能で怒りっぽくなっていたのかもしれない。怒りっぽくなる煙吸ったって一体何になるのだろう?と光男は同時にそう感じていた。
そんな光男にお似合いなのは、アニメの主人公や、それをサポートするカッコいい強キャラ達、そして、自分の好きな声優の声真似が本人レベルのyoutuber、ドイツ語でドイツ人、フランス語でフランス人女性に話し掛け、大モテのトリリンガル日本人男性(若者)。中高生なのに達人レベルのスラップベースを弾く若者。そういうのを死んだ目で閲覧する事しかもう残っていなかった。
羨ましい、自分もそういう、ある程度世間様に通用する「何か」
になってれば、こんなとっちらかった部屋で果てた後に汚〇ンポ丸出しで放心状態で天井一点見詰めする日曜日の午後2時みたいな事には少なからずもなってはいなかったかもしれない。
そしてブルーマンデーの月曜日。ビクビクしながら出社する光男であったが、「いい歳して麻雀も知らないんすか?w」と、相変わらず小バカにして来る30歳年下の若者の声掛けにかまってくれただけでも何処か救われた気もしながら「そうだ、オレは所詮、アウトロー側にもシフト出来なかった、何処の世界にもデビュー出来やしないメジャーデビュー4野郎なのだ、そうか、麻雀アプリでもダウンロードしてみようか、、、」
後輩がせっかく進めてはくれたアプリであったが、残念ながら光男の端末は格安の中華スマホでアプリの対応機種では無かった。
「ああ、パチスロ「ラ・マン」でも出ないかなぁ、、
「彼氏をアヘン中毒にすれば大当たり!☆☆☆☆★」「おおっ!信頼度星4つじゃん!!」
狭いアパートの湯船に浸かりながらアヒャアヒャと力なく笑う光男であった。





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