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光男の枠下人生~第3章~沈黙のスティーブン・ミツオ

半ば完全に消化試合人生を選んだ光男はここ最近、将来の事ばかりを考え始めた。仕事をやっているフリだけしながら出所不明のネガティブ記事を閲覧しながらただただ不安に怯えていた。この先年金は目減りし、なんやらかんやら引かれまくって手元に残る金は良くて数万円だろう。なので食費を浮かすために毎日地元の漁港付近にでも釣りに行くか?あの、毒にも薬にもならない魚「イシモチ」ばかり釣れて毎日イシモチを素揚げにして食うのか?冷凍庫にはきっとそんな雑魚がカチカチに凍ったままだろう、一体いつ食うんだコレ?みたいになるうちに何だか馬鹿馬鹿しくて釣りに行く回数も激減することだろう。釣りだろうが家庭菜園だろうが、生きて行く為にやろうとすればそれは半ば強制なのだから一気にモチベーションはダウンするだろう、ゲーム感覚とか言ってられなくなる。「どうぶつの森」とは訳が違う。生活破綻に日々怯えながら一切の人との関わりも断つだろう。そんな光男の夢、それは1億円で生涯暮らせる介護付き高級老人ホームへの入居であった。1億有れば死ぬまでその施設での衣食住が保証される。食事だって栄養バランスが考えられているから健康にも良い。お風呂も補助付きだ。常駐の医者も居る。基本自分は何もやらなくて良い。「そんな生活してたら一気にボケんぞ?」とも言われそうだが、いや、むしろ呆けてしまっても良いと光男は思っていた。こんな自分はとっととボケてしまって自分が誰なのかも分からなくなってしまえばいいのだと。それは50歳になるまでの間、光男なりに足掻きながら生きて来た上でのひとつの結論だった。「光男さ~ん!」だの「みっちゃ~ん!」だのと、5コや10コ下の女性から相手にして欲しかった。ミステリーでエキゾチックな彼女でも居て、誕生日には珍しい洋酒なんかもご馳走とかされてみたかった。そしてずっとバカ犬みたいに彼女のおっぱいをちゅーちゅーちゅーちゅーずっと吸ってみたかった。「そうだ!珍しい洋酒を飲みながらちゅーちゅーする為にバンドをやって来たんじゃなかったのか?」光男はクナイプバスソルトを入れた狭い湯船に浸かりながら叫んだ。風呂上がりの光男は1日の中で最も元気だ。今のテンションの光男なら何でも出来そうだ、お片付けも、料理も、弾いてないベースも弾け、なんなら強盗だって出来そうだ。「ようし、とりあえず景気づけだ!」と、いつに無く元気な光男はスピリッツ系の炭酸酒をグビグビ飲みながら晩酌を始めた。youtubeのスロット破産動画を酒の肴にしながら悦に浸っていた。

時は同じくして、25年前にいけない煙を吸いながらタトゥーも入れてアウトローだった知り合いの男はその後結婚、情報筋にも恵まれ法律スレスレの商売で小金を稼ぎ、それを運用し続けてる間も適当に美味い物を食べ、海外旅行も行きまくりであったが現在では総資産5億円の事業家となっていた。それに対し、50歳にもなって「ちゅーちゅーしたい」と叫ぶ年収280万円の派遣社員の光男、あの日あの時、逃げ出さずにちょっと悪のアジトに出向いてさえいれば何かが変わっていたかもしれない。
勝手にご乱心し、不貞腐れながら駅前の立ち食いそば屋でかき揚げがっついたって未来はさほど変わらなかったということになる。真面目とか不真面目とかの話では無い、バカか賢いのかだけの話だ。バカというのは勉強が出来ないっていうのも有るが、いちばん言えるのは「考えない」ということだ。考えないからとにかく逃げるしか知らない。そして貴重なチャンスを逃す。若い頃の光男はその他にもフラリと入ろうとした南米系の人が集まるBARの入り口で怖気づき全速力で逃げた事が有る。後ろから陽気そうな南米系男女達が「どうしたの~?遊ぼうよぉ~!」と聞こえたが、絶対にチェーンソーで脅されて300万円位の借金組まされて、それに逆らったらタイヤと一緒に燃やされてしまうと過剰に怯えていた。
この店の常連の出稼ぎ外国人労働者「ヘスス」ともし友達になっていたならば、ヘススの母国、ペルー産の綿製Tシャツの素材がヘススづてで日本の相場の半分以下の値段で手に入れる事が出来ていた。そこでバカTなんかも作って商売するチャンスも転がっていたのだ。〇ニクロのバイヤーが嗅ぎつける随分と前の段階で。
大体、ちゃんとした店構えでお店の中は陽気な南米系男女がランバダ踊ってるような店でチェーンソーで脅されて300取られて燃やされる訳が無いのに何故光男はそんなことを考えてしまったのだろうか?
それは光男の教養がテレビ東京の「午後のロードショー」のみだったからだと言える。南米と言えばメキシコ、メキシコと言えば犯罪都市、犯罪都市と言えばスティーブンセガール、セガールと言えば午後のロードショーだった。そうだ、南米の男性はみんな悪い連中だからセガールじゃない限りは逃げるほかない。「ようボウズ!何も知らねぇでこの店に入って生きて帰れるとでも思ったか?へへへっ!」と、何故か日本語吹き替え版レベルで流暢な日本語で言って来るだろう。そんな絶体絶命な状況でもきっとセガールならクソ楽勝な笑みを浮かべ目を細めながら「おやおやこれはこれはご挨拶だな、、わかったわかった、くたばる前にひとつ料理を振舞わせてくれないか?厨房に案内してくれるとありがたい」と両手を上げながら交渉を始め、何故か許可をもらえるセガール。そして厨房にさえ辿り着いてしまえばもう完全にセガールの勝ちは揺るぎないだろう。
包丁などの刃物はもちろんのこと、電子レンジに何やらいれちゃいけない物を入れ、爆発する罠を仕掛けることも出来る。あとはバッタバッタと迫りくる敵を合気道みたいな技で倒していくだけだ。
だが光男にはそんな力はあろうはずも無いのでとにかく逃げるしか無かったのだ。そんなセガールから午後のロードショーを通じて危機管理術を学んでいた光男にある意味で隙は無かっが、同時にチャンスもゼロだった、、
その後の何のきっかけも変化も訪れない沈黙の光男は今一歩自分の知りたい世界に足を踏み出せることは無かった。
ほろ酔い気分の光男はいつもの如く「気絶」した。薄れゆく意識の中でyoutubeの再現ドラマの自己紹介「オレの名前は○○」の音声が絶妙な子守歌と化していた。彼の名前は田中光男50歳。
エピソードが中途半端で分かり辛いせいで動画のネタにすらされることは無いだろう。






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