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対話についてのあれやこれ。

とあるまちで月に一回行われているイベントで、登壇する機会があった。そのまちの地域おこし協力隊の方に誘われたことがきっかけで、話すテーマを聞くと「なんでもいいよ〜」とのこと。地域性や人間性からそのノリにも頷きつつ、僕は「最近つくづく思うこと」を話すとして、キーワードに「対話」を取り上げることにした。

Keynoteを立ち上げて、プレゼン資料の準備を進める。そのなかで対話の定義を考えてみると、僕は「解釈や価値観と向き合うこと」としていた。たとえば会話は口頭で情報を伝え合う方法だとして、対話はより深いコミュニケーションをするイメージ。どう感じているのか、どう考えているのか。人それぞれ違って当たり前のことを、当たり前に問うていくことが、対話なのではないかと考えた。

そして、二種類の対話があることにも気づき、プレゼンで触れることにした。まずは他者(社会)との対話である。誰かとプロジェクトを進める際に、あるいは普段の生活を送る際にも、しっかりと意思疎通を図ること。何も言わずに「察してくれ」と不機嫌になるのではなく、責任を持って言うべきことは言うこと。都会と地域の二元論を語るつもりはないけれど、ここ1〜2年で僕が大切だと思うことである。

また、自分自身との対話もあるだろう。僕は内省とも言い換えられると思っていて、自分はどう感じてどう考えて、どんな変化やその要因があって、さらにはこれからどんなふうに生きていたいのか。SNSでさまざまな人の生活や価値観が簡単に見えるなか、自分自身と向き合い、オリジナルの人生を表現していくことも大切だと思った。

プレゼンを終えてから「コミュニケーションや対話の話、すごく共感しました」という声をいただいた。べつにそのために話していたわけではないけれど、率直に嬉しく思った。今回の登壇を通して、僕自身もそれこそ「対話」と向き合うことができたと思っている。

いつもいつもありがとうございます〜。