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SUGB 因果巡(5)

 それからシュリと金髪の女性と光る赤子は3人でスターバックスに入店した。その頃には赤子の光は落ち着いていたので、店員も他の客にも不審に思われることはなかった。店内の一番奥の横長のソファ席を取り、それぞれに飲み物とドーナツを頼んで、横並びに座り話し始めてから、シュリと金髪の女性が打ち解けるのに時間はかからなかった。
 シュリ・マキシマはスタントパフォーマーだった。ムービースターの代わりに生身で車にぶつかったり、炎上するビルからガラスを突き破って飛び出したり、サイボーグのゴリラに殴られたりする仕事だ。危険で給料は安いが天職だと思っているとシュリは話した。
 金髪の女性、ディアナ・ペールライトは作家だった。代表作は不老不死の蛸と女子高生のバディ小説『オクトオクト』とてもたくさん売れているわけではないけれど熱心に読者がいる、と彼女は言った。シュリはその話を聞いてすぐに目の前で電子書籍版の『オクトオクト』の一巻目をダウンロードした。「ありがとう」とはにかむようにディアナは笑った。セントラル・パークの近くのアパートに住んでいてそして偶然にもシュリと同じくときどき無性に死にたくなる性質の持ち主だった。思慮深い話し方で、今日も死にたくなって窓の外を憂鬱な気持ちで見ていたら空を切り裂く光を見たの、と言った。
「ワオ」とシュリは言った。「ワオだね」
 2人は初めて出会ったとは思えない速度で互いに共感し、通じ合った。時間も忘れて2人は話に熱中した。熱中しながらも時々赤子に目を向けた。そんなところもよく似ていた。示し合わせたわけでもなく、彼女たちは交代で赤子を抱いた。片方の腕が疲れたらもう片方が抱く。赤子は2人の女性の腕の中を何度も往復した。彼女たちは一切ブレーキを踏むことなく友人になりそして同志になった。だからシュリが「3人で暮らそうか」と言ったときもディアナはまったく驚かなかった。むしろ、当然という顔で頷いただけだった
「でも、ちょっと待って」
 ディアナが赤子を見た。「この子の意見も尊重したい」
 やっぱり面白い人だな、とシュリは微笑む。からかいではなく尊敬の気持ちからそう思う。シュリも赤子に目を向けた。
 赤子はずっと眠ったままだ。2人の話も聞こえているのかいないのか、分からない。
「君はどう思う?」とシュリが赤子に聞いた。すると、はじめて赤子のその小さな右手がゆっくりと動いた。時間をかけて親指を立て、他の4本の指を柔く握ってみせた。それは寸分の狂いもない、まごうことなきサムズアップだった。
「ワオじゃん」とシュリは言った。
「アメイジングだわ」とディアナが言った。
 赤子は何も言わなかった。ただ目を閉じて、スターバックスセントラルパーク店のいちばん奥の席で、店内のライトが作る淡い光の中で、自分の意志をその小さなか弱い手で証明し続けていた。

つづく


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