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SUGB 因果巡(7)
青空の中を落ちてくる白球に因果巡は手を伸ばした。
広げたミットの中に白球が着地する。美しく。完璧に。
ザガラーテ・オ・ガラーテ(収まるべきものは収まるべきところに)
スリーアウト。
チェンジ。
因果巡 18歳。
陽光がマウンドに立つ因果巡を照らしていた。緑を乗せた初夏の風が吹き、彼の髪を優しく掻き揚げて、熱を持ち去って行く。四季は順調に動いていた。
そこは学内に併設された小さなグラウンドだった。小さいが観客席もベンチも立派なスコアボードもある良いグラウンドだ。放課後、そこで友人たちと野球をするのが巡の日課だ。野球。そう、ベースボールだ。因果巡はベースボールをプレイしている。ザガラーテ・オ・ガラーテ。
ベンチへと戻った彼の左腕のスマートウォッチが振動した。帰る時間だ、と彼はグローブのついていない右手を素早く動かして友人の一人に伝えた。因果巡が手話者となって18年がたつ。そのことが分厚い門の如く立ちふさがったことが何度もあったが、彼はそれを2人の母とその教えと共に乗り越えてきた。
ケリーという名の少年が巡の手話を読み取り「え。マジ」と頭を抱えた。 マジ、と巡は手話で返した。
「みんな!メグルが帰るってさ」
ケリーが叫ぶように言うと、チームメイトたちが巡を囲むように集まってくる。巡の顔はこの星のアジアという地域を生活圏とする人々に近い。しかしその面相には彼しか持ちえない奇妙な魅力があった。身長は180㎝を超える長身で、全身に引き締まった筋肉がついている。かつて落ちてくる白球に翻弄されていた小さな幼子は立派な体躯を持つ青年へと成長していた。
「頼む!あと3回、いやあと1回でもいいから投げてくれ」
「メグルが帰ったらつまんねーよ」
「そのスマートウォッチどう?」
浴びせられる言葉1つ1つに頷きながら、今日の用事は絶対なんだよごめんな、と巡は手を動かした。それから左手のスマートウォッチを見せながら超微妙。前のシリーズのやつが良かったと付け加えるのも忘れなかった。
遠くのほうでワッと歓声が上がる。どうやら巡が帰ることが相手のチームにも伝わったらしい。「メグルがいないんじゃ楽勝だよ」と笑い声まで聞こえてきて、チームは殺気立った。巡が笑いながら手を動かす。大丈夫そうだな。ケリーは苦笑しながら、なんとかやってみるよと答えた。巡は外したグローブをバッグにしまうと、ベンチとグラウンドに礼をした。
「メグル」
ケリーが手を巡に手を振りながら言った。
「明日も学校こいよ!」
巡は眩しそうに笑って手話(ことば)を返した。
「お前もな」
グラウンドから駐輪場へと向かう道すがら、巡はケリーの言葉を反芻する。
「明日も学校こいよ!」はケリーお得意のジョークだ。ケリーは入学してからしばらくの間、学校を休みがちだった。初めはただのサボり癖だと思われていたが、スクールカウンセラーなどが介入し、精神的に不安定な母親の面倒を見るために学校を休んでいたことが分かった。今は母親と共に、市のサポートを受けながら学校に通っている。
いろんな人がいる、と巡は想う。
それは、ただ当たり前の事実であり、しかし誰もがすぐに忘れてしまう真実だった。巡は自分自身がこの世界の外から来たストレンジャーであるからこそ、多種多様な人間がそれぞれの思考や感情を持ち(しかもそれは絶えず変化し続けながら)存在する、というこの世界の一筋縄ではいかないルールから目を逸らさないで生きている。だから構内を歩く巡を見かけると、誰もが声をかけてくる。先生、事務員、用務員、ジョック、ギーグ、ゴス、パンクス、バッドボーイ……関係なく、だ。それに対して、ハンドサインこそ変えるが巡は同じように明るく応える。我らが因果巡は人に合わせて表情や態度を変える日和見野郎(マスクマン)ではない。そこにいる人々、その一人ひとりに興味があり、そして本心から向き合っているというそれだけだった。いろんな人がいる、と巡はまた思った。
駐輪場でマウンテンバイクに跨り、スマートフォンで母たちにメッセージを送る。
「これから帰ります」
ペダルに足をかけて勢いよく漕ぎ出す。グンと広がった青空に今日も物資を運ぶシャトルの姿が見えた。
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