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テレビのない生活になって。
テレビを排除した。
そもそも生活の中にテレビはもうなかった。3年前くらいに妻はテレビをリビングからなくしたのだ。
妻「もうテレビ、こわれたから」
実際は壊れていなかったが、壊れたと言い放った。当時3歳くらいの娘は、壊れたのであれば仕方がないと思っただろう。父は一瞬テレビの前に立ち尽くし、テレビが今後見れないということへの寂しさに浸っていた。
娘「パパ、いつかテレビなおしてね」と言っていた。
パパは電気屋さんじゃないぞと思いなつつ、テレビは壊れていないぞと思いうつつ
父「わかった、いつかなおそうね。」
月日は流れ4年くらいがたち、テレビのない生活は我が家のデフォルトとなった。音楽もかけることもないので、とても静かだ。その静けさに慣れてしまうと、たまにラジオをかけてみてもうるさく感じてしまう自分がいた。
見たいものがあれば、スマホやタブレットといった端末で見るようになった。娘はタブレットでアニメを、父はスマホで見たいバラエティや映画、ドラマを見るいった感じに。
昔はテレビへの執着もあり、家にいるときは常にテレビはついていたし、妻と二人で欠かさず見ていたドラマやバラエティがあったものだ。でももはやそれらにも興味は薄れ、見たいものは動画配信アプリやオンデマンドアプリで見ることができる。そうワイドショーなど面白いと思えなくなり、もはや端末としてのテレビが我が家では機能しなくなった。
よくお客様に家にテレビがないというと、びっくりされる。だけど、こちらからするとテレビで何を見るんですか?となる。もちろん迫力のある映画は大画面で観るといいのかもしれないが、その迫力を感じたいときは映画館に行くようにする。
テレビがないことは娘にとってもいいような気がする。テレビを見るであろう時間は本を読む、絵を描く、家族で話すなど、なければない生活がそこにはあるからだ。
この度、部屋の断捨離を血行。プリンター、スキャナー、それらを置いていた棚、テレビ、ブルーレイレコーダー、テレビ台、を手放した。買取業者に査定してもらったが、どの機器も買い取れないと言われた。ほとんどが10年近く立つもので、対象外になるそうだ。もうそんなに時間が経ったんだなと感じさせられた。
写真をプリントするためにA3プリンターを持っていたが、もはや使用頻度は少なくインクのランニングコストを考えると印刷は外注した方がいいし、スキャナーでスキャンするものなんてもはやない。アナログをデジタル化する必要性みたいなものはもうない気がする。ネガフィルムをデジタル化するためにそのスキャナーを手に入れたが、解像度は思ったより低く色調整も難しかったので、ほとんど使用することは無くなった。
こうやって我が家の家電製品は化石となっていった。なんだか、時代が変わったのだと感じさせられた。でも処分することで、次のステップに上がれそうな気もする。なくなると当然ながら部屋はすっきりとした。
娘はもう少し大人になると気づくんだろうな。あのときテレビは壊れていなかったということに。だけどそのことをネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに
「あのときからテレビを見る習慣がなくてよかった」
と思えるといいなと思う。見たいものを選んで観る、読みたいものを買って読む、聴きたい音楽を聴く、そんな選択できる生活が今はいいかなと思う。
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