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広辞苑

ここにありまするはかの岩波書店出版の広辞苑でござい。
目下のところ私がこれまでに目にした中で最も分厚い書物であり、恥を承知で申し上げますと使いようによっては凶器にもなりえるしろものでございます。最もそのような使い方をするものがいないことを願いますが。
印刷された最後の頁数は2858。今その大作が目の前に在りまする。ここで私はふと思ったのです。いえ、これは極端で、偏見のこもったものであり、空想であることは重々承知です。しかし、こう考えたら面白いのではというものです。この書物に日本の全てが詰まっているとしたら。
この広辞苑を隅から隅まで記憶したとしたら、それはもう小林秀雄に勝るとも劣らない知識人になることができるわけです。
忘れてはなりません。これも一つの虚構です。虚像の集合体は虚構です。広辞苑と言うひとつの物質を成していますが、そこにかかれているのはつまるところ虚像、言葉、文字の羅列なのです。不思議なものです。意味とは一体何なのでしょうね。
こうして広辞苑を眺めていると私がこの先日常生活を送る中では知ることのできない言葉で溢れています。最もこの性質辞典に限らず一般書にも言えることなのでしょうが。

近餓え(ちかがつえ)
飲食の後、すぐにまた食欲を催すこと。

広辞苑 第四版

こんな言葉ひとつとっても、如何に自分が無学であるかを思い知らされるというものです。
まず言葉があってそれをさらに言葉が説明する。これは場合によっては無限後退に陥る可能性があります。「ではさらにその言葉の意味は……」と次々に手に吸い付く頁をめくりめくっていくという訳ですね。
しかし年を取るとその行為はあまりしなくなります。一つの理由には調べなくともその言葉の意味を知っているということが挙げられるでしょう。そしてその理由としては人生経験が幼き子よりも豊富だからと。
ソクラテスですね。これは。正確に言うとこれは無知を示しますね。「知らないことを知らない」大人たち。
無論すべての子が知的好奇心にあふれているわけではありません。なかにはすでに無知を発揮し外の世界から身を閉ざしている者もいることでしょう。
しかしね。私たちはソクラテスの姿勢を忘れてはならんのですよ。

話が逸れましたね。では、最後に広辞苑の一部分を引用してこの記事を終わりとしたいと思います。

意味
①ある表現に対応し、それによって指示される内容。
イ:ある言語形式によって示され、表される内容。または、その指し表し方の型。
ロ:言語・作品・行為など、何らかの表現を通して表され、またそこから汲み取れる、その表現のねらい・かまえ・こころ。
②物事が他との関連において持つ価値や重要さ。

広辞苑 第四版


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