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十一人十一色 3/11

こんな人がいた。
話は前回の続きから。

私はまた一人夜道を歩いていた。

行く当てもなくふらふらしていた。
いずれそれも飽きてきた頃、ふと思いついた。

すこし遠いところに海があったものだから、そこに行ってみようと思ったのだ。
私は当時若かったことから、体は思い通りに動いた。

海に着くと、一人私より二、三は年上であろう男が磯釣りをしていた。

私は尋ねてみた。
「どうですか。ここはよく釣れるのですか?」

男は振り向くと、驚く様子もなく言った。
「いや、全くだ。今日はまだ1匹も釣れてないよ」

私は男の隣に行き、同じく座って海を眺めた。
すると男が言った。

「あんた、軍部の人間かい?」
私は首を横に振った。
「いえ、私は持病を患ってまして、役立たずなもんですから」

「あぁ、そうかい……そいつはよかった……」
「……よかったとは?」
「俺は徴兵されちまってね。最初は意気揚々として向かったもんだったよ。日本を守れるならとね……そうして日本の外に出兵したわけだが、まぁこれがひどかった……人間とはこんなにも弱い生物だったのかと……
言葉もわからない人間同士が互いに憎み、殺し合う。挙句の果てには味方同士で派閥が生れまた殺しあう。もう……もうたくさんだ。
あんまりじゃあないか。俺たちはあの時のために生まれてきたってのかい?
 ……もう二度と行きたくはないよ」

男は海を見て言った。

すると右の方から音がしたものだから、ふと見やると戦艦が出航しようと動き出していた。
男が言った。

「けどな……おかしなことにあの戦艦には見とれちまう。
おかしいよなぁ。つまるところあれも暴力の権化だっていうのになぁ。あの鉄の巨体を見たときによ。圧倒されるんだよ。我らが日本国だと。日本人であることに誇りを感じちまうんだよ、俺は。それが何でなのかはわからない。それでまたその誇りを守るために人を殺戮するってんだからよ……」

男の言っていることがわかるような気がした。日本の戦艦は日本国の象徴であった。したがってその戦艦を非難するものなどいなかった。小さなころからそう教わってきたということもある。

男は続けた
「お前さんはこうなっちゃあ、いけないぜ。なんというかよ……俺は頭がおかしくなっちまったんだよ……そんなことばかり考えてたらよ……そうなるくらいなら何も考えず日本を守ることだけ考えろってんだよ……
もう行け。もう行ってくれ。俺がお前に言えるのはこれくらいだ」

私は最後に言った。
「あなたの言ったことに、私は感銘を受けました。その相反する心持をどうか大切にしていただきたい。私はあなたの言ったことを忘れません」

男は薄笑いした。
「とっとと忘れちまえよ。じゃあな」

その後その男に出合うことは二度とはなかった。また戦争が始まり、再び徴兵が始まったからだ。


もしまだ生きているのならば、あの人は今何を思うのだろうか。
また話がしたい。

それから私はもの思いにふけることを一旦やめ、茶を嗜むことにした。


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