見出し画像

【かぞくのかたち】違うという前提から入った方が良いこともある

両家の顔合わせが終了。
これ以降はしばらく間を置いて入籍と結婚式が大きなイベントになるので、今回でひと段落。

思えばここに来るまでにいろんなことがあった。

いろんなことでいろんな人と衝突した気がするのだけれど、世代間の価値観の差、育ってきた環境の差、家族との付き合い方の差、男女の差など結局は違いを上手く許容出来ないことが衝突の原因だったと思う。

育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ 夏がダメだったりセロリが好きだったりするのね ましてや男と女だからすれ違いはしょうがない妥協してみたり多くを求めたりなっちゃうね

と山崎まさよしさんは歌ったけれど、この歌詞がまあ染みる染みる笑

特に親や兄弟、恋人というのはなまじ距離が近いから、この人なら分かってくれるはずと思いがち。少なくとも僕はそうで、でも、それが大きな落とし穴な気もしている。

考えてもみれば親元を離れて13年、彼女との付き合いも直近且つ色濃くとも3年ちょっとであって、それぞれとの付き合い以外でも様々な経験をし、僕個人としての31年間を通じた価値観が出来ている。

それは相手も親兄弟も同じなはずだから、当然皆それぞれ固有の価値観を持っている。これは当たり前過ぎる程当たり前の話だ。

にも関わらず、この結婚のくだりでは“分かってくれるはず”から入ってしまった部分があり、違いが生じた時になんで分かってくれないんだ!となりがちだった。

ここに来るまでの中でそうした場面にはたくさん出くわしたのだけれど、親兄弟彼女であっても違うのが当然であるという前提に立ってみた。

すると、言葉を尽くして相手に伝えようとするし、一つ一つの出来事に対して自分がどう思うか深掘りして考えるようになった。なぜなら違うからこそ、自分の気持ちを伝えなくてはならないからだ。

かと言って、全部が全部スムーズにいくかというとそうではないのだけれど、幾分気持ちは楽になったように思う。

近ければ近い程ついつい相手に自分と同じ考えを求めてしまいがちだけれど、どんな関係性になろうと相手は違う人間と考え、言葉を尽くして伝えることは大切なんだと僕は思っている。

#徒然 #日記 #結婚 #親 #婚約者 #兄弟

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?