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【初回無料】地方自治体DXは、本当にできる? (1)

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今週からの対談は、地方自治体DXの今と未来について、武蔵大学社会学部メディア社会学科教授であり、総務省「地方自治体のデジタルトランスフォーメーション推進 に係る検討会」の座長である、庄司昌彦教授にお願いした。

実は庄司さんと知り合ったのはもう10年以上前のことで、当時は国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の主幹研究員だった。人柄と情報通信政策に詳しいというところを見込んで、インターネットユーザー協会の理事になってもらって以来の付き合いである。

そもそも東京近郊で暮らしている頃は、行政と言えば「国」だった。もちろん東京も地方自治体の1つだが、我々の目線は常に国にあったと言っていい。だが地方にいると、行政とは「地方自治体」のことだ。国策の影響が地方に降りてくるまで数ヶ月、場合によっては数年かかる。「国」は、東京に上京したときにだけ感じられる、遠い世界のようだ。

そんな地方自治体も、令和3年のデジタル改革関連六法成立を以て、DXからは逃げられなくなった。地方行政の現実と未来を、庄司さんと共に探っていく。

なお、初回分は無料公開されるが、2回目以降は都度課金もしくは月額制マガジン「小寺・西田のコラムビュッフェ」ご購読が必要になる。
(全5回予定)


地方自治体DXは、本当にできる? (1)


小寺:まずですね、地方に限らず行政全体がDXしなきゃいけないよという話になったそもそもの背景には、これまでの紙の行政手続きじゃ駄目だっていう話があると思うんです。行政のDXが求められるようになったスタート地点、海外ではとっくにやってるという話もあるかもしれませんが、日本における震源地というのはどの辺になるんですかね?

庄司:行政手続きも問題は昔からあったわけですけども、注目が集まるようになったのはコロナになってからですよね。いろんな問題があるんですけど、一番わかりやすいのは「ハンコ」の話がまず目立ちましたよね。

ハンコの問題って、つまりは人と人が対面でお会いするとか、窓口に行くために家から出て公共交通機関に乗っていくとかっていうのは、感染リスクがあるでしょうと。だから対面の手続きはやめた方がいいとか、あるいは決裁文書とかもそうですけど、ハンコを押すために出社しなきゃいけないとかね。そういうの感染リスクありますよねと。家で、ステイホームで仕事しろって言うんだったら、家からなんでもできるようにするべきじゃないのっていうのが、まず大きなきっかけだったと思います。

小寺:あ、それじゃあ行政DXって言い出したのって、割と最近、令和2年ぐらいからの話だと。

庄司:そうですね。保健所の人たちはいまだにそうらしいですけど、病院からFAXで送られてくる患者の情報をパソコンで打ち直して国に報告してるとか、馬鹿らしいじゃないですかと。「発生届」っていうらしいですけど、「FAXで送られてきて手で打ち直して報告する、こんなの昭和ですよ」っていう有名なお医者さんのツイートがある。そういうのが割と注目されたのは、コロナがきっかけだったと思います。


武蔵大学社会学部メディア社会学科 庄司昌彦教授

あともうちょっと長期の視点で言うと、2018年ぐらいから総務省とかで議論していた「2040年問題」っていうのがあって。2040年になると、団塊ジュニア世代が65歳以上になる。そうすると人口ピラミッドが、超逆三角形になるんですよ。

団塊世代も多分まだギリギリ生きてて、僕なんかもギリギリ高齢者に入るんです。65歳以上に団塊ジュニアと団塊が2段あって、その下が細ってるっていう、そういう人口ピラミッドになって、すごい一番きつい時期になるんですよ。

正直、団塊ジュニアまで死んでしまえば、その下は細い柱状になるらしいんですけど、僕らが高齢者になったときが一番の逆三角形になる。そのときに行政のサービスの需要は多くなると思うんですけど、一方で働く人は人手不足でいないと。

みんなが公務員になるわけにもいかないので、やっぱり行政はより少ない人数でより多くの仕事をしなきゃいけなくなる。そういう時代を想定すると、今までの半分くらいの人数で仕事をしないといけないんじゃないか、みたいな議論が2018年ぐらいに提起されて、2040年問題というふうに言われています。

紙云々というか、より人の手を必要としない行政にしなきゃいけないよね、という話なんです。

小寺:でも2040年って、もう気がつくとあと18年しかないじゃないですか。もう割とすぐなんですよね。

庄司:うん、もう将来見据えて本当に後がなくなってきているという中長期的な問題と、コロナで露呈した、なんでこんな古いやり方を今この状況でもやってるんだろうっていうこの二つですかね、大きく言うと。

小寺:あと前々から、働き方改革って言われてきたじゃないですか。その切り口でDXってものを見ると、どうなりますかね?

庄司:働き方改革も実際コロナまではあんまり本腰入ってなくて、テレワークなんかも女性と介護をしてる人たちのためだよねみたいな感じでしたよね。今となっては全員必要じゃんっていうふうになってきてると思うんですけど、仕事の効率を上げるとか、むしろバリバリ働いてる人等こそテレワークが必要みたいなふうになってきた。文脈としては、働き方改革の中でのDXという切り口はあると思います。

■「脱ハンコ」で進んだ「国」

小寺:行政でいうと、国と地方自治体でパッキリ分かれるわけですけど。

国は国で、令和2年に河野太郎さんが行政改革担当大臣になって、もうえらい勢いでバリバリ進めていってですね。いろんなもの、ハンコを廃止するだのFAXを廃止するだのってものすごい勢いで進めていった経緯があるんですけど。

一方で大臣がやれるのはやっぱり国の行政だけで、地方自治体まではタッチできないと。それでもやっぱりハンコが多すぎなのは問題じゃないのっていうのが目立った動きとしてはあって、地方でも検討して、なるべくハンコを減らしていったっていう経緯はあるんですけど。

やっぱりDX化っていうことは、結局デジタル化していくっていうことで、紙にハンコを押すっていうのとはなじまない。

庄司:そうですね、ハンコをなくすっていうことがやっぱりDX化の旗頭じゃないですけど、わかりやすい象徴ではありました。

だから自治体の方も動きは早くて、僕が知る限りでは多分千葉市が一番早かったと思います。あらゆる手続きを棚卸して見直してみたら、もう何千もの押印がいらないということがわかりました、みたいなことをコロナ前からやってました。それを多分真似したんだと思うんですけど、福岡市がそれに続いて。

結局ハンコって、何のために押してたかもあんまりよく考えずにやって来たわけですね。印鑑登録して、印影が登録されてるものを押したんだとなれば、その人のことだよねっていう意思を確認できるわけですけど。

でも認印って、そこら辺で買ってきて代わりに押すこともできるわけで。ハンコ問題のときにハンコ業界の人たちがメリットとして、「他の人が代わりに押せる」とか言ってましたから。

小寺:いやそれはダメでしょ(笑)。

庄司:(笑)。だからあれ、何の意味があるんだっていうことなんですよ。

小寺:うん。

庄司:ていうことで洗い出して、見直して。ただ法律に規定された部分ていうのもあって、そこは国がやってくれないと困るよねっていう話にはなってた。国の方は国の方で、必要なのかどうか棚卸しして、9割以上いらないっていうことにしてくれたっていうのが、河野太郎さんだったんですよね。

■バラバラに動く「地方」

小寺:地方っていろいろあるんだけど、自治体の手続きって、都道府県が違ってもそんなに変わらないはずですよね。

千葉とか福岡をモデルケースしして、他の自治体も同じようになっていけばよかったんでしょうけど、あんまり積極的じゃないところもあるみたいですね。

庄司:そうですね、ばらつきがどうもありますよね。

小寺:そのばらつきを生む原因って、何です?

庄司:やっぱり地方行政の人たちは、憲法レベルで地方自治が原則ですっていうのを言いますね。まあそれは本当にそうだし。ただ国の人と話してて思うのは、国が指示出すと、じゃあやるから金くれとかっていう話になりがちなんですよね。なので、国としても簡単にこれやれとかっていうのは言いにくいっていうのもあって、地方自治におまかせしていたという部分があると思います。

あと歴史的には、制度はちゃんとあるわけですけど、それをどのように実施するか、実装するかみたいなところはその自治体に任されてる部分も大きかった。窓口のカウンターをどのような形にするかみたいな話と、どういうシステムで入力するかっていうのは、結構近い話だったんですよね。そのシステムの細かいところまでは、国が手を出す領域ではないっていうふうに考えられてた。だからいろいろバリエーションが増えちゃったっていうのは、あったと思います。

小寺:僕は2年前かな、父が亡くなりまして。それで山林とかを相続するっていう手続きが発生したわけ。

庄司:大変じゃないですか。

小寺:そのときに市役所に行って、いろいろ書類を出したり申請したりとかっていう手続きしたんですけど。その時はまだそれほどDXって言われてないときでしたけど、当時から宮崎市は割とハンコは要らなくなってきていて、窓口で免許証とかで本人確認すればいいっていう手続きはまあまああったんですよ。

庄司:それは進んでたかもしれないですね。

小寺:そうですね。ただ結局ハンコがないだけで、紙は紙なんですよ。目指すのはそこじゃねぇよねっていうところがあってですね…。なんでしょう、ハンコがなくなった代わりに手書きにこだわるようになっちゃったようなところもあるんですよ。

庄司:それもおかしな話なんですよね。

小寺:そうなんですね。こないだうちの子供がマイナンバーカード作ったんで、本人連れて受け取りに行ったわけですよ。受取書になっている通知ハガキに名前と住所を書く欄があって。うち住所が結構長いんで、小さい欄だと書き切れなくてですね。それ用にゴム印作ってあるんですよ。

名前はさすがに手書きで書かせて、住所のところはゴム印押したんですけど、窓口で住所は手書きで書いてくださいって言われてですね…。

庄司:それは必要ないと思う。法律ではそうなってないと思うなぁ。

小寺:そうですよね。だって住所確認は僕の免許証とかで目で見て確認するわけで、それもまあ印刷物じゃないですか。手書きじゃないですよね。それと照らし合わせて、同じもんが書いてあればいいっていうだけで。何も見ずに住所が書けるかどうかで本人確認してないですよね。

庄司:そういう面で謎儀式が…。

小寺:それだったらゴム印にハンコ押して「よし」ってした方がよっぽど楽だったじゃねえかよって話なんですよ。

庄司:ちょっと今過渡期なんで、そんなことになっちゃってる部分はあると思います。

向かおうとしている方向性としては、行政でわかるものはもう全部行政側で記入しておいてしまって、本人に確認してもらってOKだったら署名してもらうみたいな、そこだけ手書きみたいなのが一番簡単だと思うんですけど。

小寺:なるほど。

庄司:署名かあるいはマイナンバーカードも持ってるんだったらそれ終わるとかだと思います。確定申告がそういうふうになっちゃってる国とかもありますからね。

小寺:ああ、フィンランドとかそうだ。

庄司:北欧はそうですね。

小寺:日本も当面目指すところはそのあたりですか?

庄司:そうですね。あと「ワンスオンリー」っていうんですけど、住所とか名前とかも1回書いたら二度と同じものを書かせるなっていう、そこもかなり目標として掲げられてはいますね。

これ3つあるんですよ。「デジタルファースト」、「ワンスオンリー」、「ワンストップ」。デジタルファーストは、デジタルがメインで、アナログがサブであるっていうふうにすると。ワンストップは1回の手続きで関連するもの全部できるってことですね。

小寺:ああ、これ自治体じゃないんですけど、私立高校の入学時に提出する書類で、1枚の紙で裏表別の書類になってるやつがあって。これ裏にも表にも、やっぱり住所と名前を書かなきゃいけないんですよ。もう1枚の紙なんだからいまさら剥がせないのに、なぜ同じ情報を両面に書かなきゃいけないのかが理解できなくってですね。

庄司:それは理解できないですね。そういうのをWebで入力させてもらえれば、絶対1回で済んでますよね。

小寺:そうですよね。

庄司:だから実はですね、DX DXって言うけど、D(デジタル)よりもX(トランスフォーメーション)の方、形を変えるんだということの方が多分かなり重要で。しかもそこは別にビッグデータがどうだとか、そんなのいらないんですよ。

デザインの問題というかですね。その手続き本当にいるの? とか、1枚でやってんだから裏面の住所要らないよねとか、せっかく高齢者が対面で来るんだからこれとこれとこれも全部やっちゃったらいいよねとか、結構そういう業務改善みたいな話がいっぱいあるんですよね。

特に行政のデジタル化って、最先端の国ではこういうことやってるとか、今だとメタバースが熱いとか、Web3だとかって最新の技術を持ち込んで、おもちゃにしてた部分がやっぱりあったと思うんですよ。

でも必要なのはそこじゃなくて、住所を裏表にかかせないみたいな、そういうものすごい地味な話で、そこの改善をあんまりやってこなかったよねっていうことなんですよね。

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