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【映画感想】マエストロ その音楽と愛と~その才の代償~

※ネタバレ注意※

Netflixで視聴。

 これまであまり伝記映画を観たことがなく、音楽にも疎い。本作のレナード・バーンスタインも申し訳ないが存じ上げなかった。さてどう楽しもうかと思索しながら視聴開始。恐らくバーンスタイン氏と思われる老人のインタビューから幕を開け、彼の記憶を辿る様に時代は過去へとワープし、モノクロの世界へ。
 
 途中までは一人の男の成功を描いた平坦な伝記映画かと失礼ながら肩肘をつきつつ鑑賞。バーンスタインとフェリシア、容姿端麗で才能あふれる二人の男女が当然のように出逢い、惹かれ合い、そして結ばれる。仕事にプライベートに順風満帆と、言ってしまえば面白みのないサクセスストーリーだった。
 しかし、途中からどうも男友達との距離が近いことに気が付き、あれよあれよというあいだにバイセクシャルということが明らかに。ただ思い返してみれば、冒頭のシーンでも男同士で裸でベッドに眠っていた。それにしても「君のパパともママとも寝たよ」は果たして冗談なのか本気なのか…個人的に冗談だとしても趣味が悪すぎると思ったが。

 本作はレナード・バーンスタインの物語であり、同時にフェリシアという一人の女性の物語だとも思う。レナードの成功の裏にはフェリシアの献身的ともいえるサポートは不可欠だったろう。それには当然、彼の不貞を見逃すことも含まれる。ただ正直、彼女の自己犠牲ともいえる献身さを、気高い精神だと手放しで賞賛してよいかは微妙なところだ。事実彼女は物語終盤でバーンスタインに一度愛想を尽かしている。最終的に大聖堂で和解を果たしているが、夫に振り回され続けた彼女の一生は過酷なものでもあったことは想像に難くない。バーンスタインの成功とフェリシアの悲劇は背中合わせの鏡像だろう。

 ぼくは本作を鑑賞して、昨年放映されたブレンダン・フレイザー主演のザ・ホエールを思い出した。彼もまた結婚し子をなしていながら、妻子を捨てボーイフレンドと一緒になることを選んだ。彼の場合は特別な才能に恵まれていたわけではないから事情は多少異なるかもしれない。ただ、「自分に正直に生きる」と言えば美しいが、その陰で何の咎もないのに涙を堪えている人がいると思うと、やはり多少は責められるべきではないだろうか。本作でも長女が悩み苦しんでいる描写がされている。
 長女を演じたマヤ・ホークはやはり素晴らしい。この両親それぞれに言いたいことはあるだろうし、腐ってもおかしくないのに、それらを内包して尚凛とした佇まい。作品中で支持できる数少ない登場人物を好演した。

 演出としては、バーンスタインとフェリシアがすれ違っていく様相が、趣向を凝らして作られていた。特に、庭の奥から気まずい二人を望む場面はなかなか面白いと思った。また、どこかのシーンだったかは失念したが、お互いが言い争うシーンもなかなか見応えがあった。二人の関係を、時間をかけて醸成し作り上げていったのだろう。 

 物語終盤、フェリシアを亡くしたバーンスタインは、変わらずに若い男性と仲良さげにクラブで絡み合うシーン。賛否が分かれるかもしれないが、ここまで突き抜けるともはや気持ちが良い。個人的に支持できるものではないが、彼は音楽の神に愛されたと同時に、人を愛すること人に愛されることを生涯やめられなかったのだろう。それが音楽の原動力になったのかもしれないし、それはもうどうしようもないのだろう。ただやはり、彼のような人間は家族を作るべきではない、と思ってしまう。

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