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【映画感想】パラダイス-人生の値段-

※ネタバレ注意※

 「自分の寿命を他人に売却できますか?」
 本作は、選ばれたドナーと呼ばれる人間が、自分の人生を他人に売却できる(あるいは購入できる)世界を舞台にしたお話。人生と言っても、事故や事件での死はカウントせず、あくまで自らの身体を老化させ、その分他人を若返らせることができるということ(逆もまた然り)。その理屈は、魔法やファンタジーではなく、科学的な施術によるもので、SF的なストーリーかと当初は思っていた。
 物語の冒頭、一人の端正なスーツ姿の男性――マックス――が難民キャンプの若者に、自らの寿命を売り渡すように交渉している。若者はビザを欲しており、また父親が店を開くのを応援したいとも思っている。しかし、そのためには現在の年齢18歳から、15歳も老け込まねばならない、即ち人生の一番の春を手放せと迫られているのである。なるほど、これはSFではなく、貧富の差、格差問題、人間の価値などを問いただす、社会問題を提起したヒューマンドラマなのかと思った。
 しかし実際に蓋を開けてみると、ディストピアテイストはあるものの、クライムサスペンス作品と言っていいのではないか。不幸な運命に翻弄される主人公夫婦による、誘拐、逃避行、ガンアクションをメインに据えた作品であった。勿論、それらの質は決して低くはないと思うし、手に汗握る展開はあったが、この舞台背景ならもっと面白くできたのではないか、というの正直なところ。

 言うまでもなく、時間は万人に平等な概念である。富むものも貧するものも平等に老いていき、やがては逃れえぬ死が訪れる。そんな絶対的な死に抗おうとする創作は、これまでにも星の数ほど発表されていると思う。本作もその一つではあるものの、①その手法が現実に即した科学技術によるもの、②時間という概念をひっくり返すのは、奇跡でも偶然でもなく貧富の差という、限りなく現実的な概念、③現実に貧富の差、格差問題は広がるばかり…という点から、本作はただのエンタメ作品ではなく、現代社会へのメッセージ性を宿している、と考えられる。
 また作中で謳われるが、世界の仕組みを変える発明、すなわちパラダイムシフト(≠パラダイス)を担える、俗にいう天才がいつまでも生き続けた場合、どこまで社会が進化するか、というのは興味深い社会実験、思考実験だと思った。突き詰めれば優生思想に繋がり、果ては人類の破滅をも招くのかもしれないが、ホーキンス博士やスティーブ・ジョブズが生き永らえていたら、今の時代 はどう変わっていただろう、と考えるのも面白いのではないか。 
 以上のように、舞台背景や導入の部分は個人的にかなり興味深い内容であった。それだけに中盤から後半にかけてのクライムサスペンス化はやや拍子抜けというところ。
・何故ソフィーの側近の女性は、会社をやめる決意をしたか?元同僚に影響されたのかもしれないが、彼は裏切り者で結局死んでしまっている。
・エレナが豹変した理由は何故か?銃を向けられたから?それとも仕組まれたことを知ったから?逆にマックスが日和見した理由は?
などなど疑問点が残ったので、#cinemactifさんのイベントできいてみたいと思う。

 オチについて。テロリスト団体、アダムの一員へと転身したマックスの最後の独白。
「人の時間を買うことは 人生を奪うことと同じだ 今こそ戦う時だ 子供たちのために」
 言っていることは間違っていない。その通りだが、今さら気付くか?と思ってしまう。もっともこれは、時間という概念に対する価値観に依るものだから、それがこの一件を経て引っくり返ったということなのだろう。人は、理解していると嘯いていても、自分事として直面することで初めて理解することができるのかもしれない。

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