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夜のコンビニとFMラジオ 「明るい夜に出かけて」佐藤多佳子

“コンビニに来る客、道を歩く知らない人、この人たちは、たぶん、ラジオ番組が終わるか続くかに、人生が左右されるような思いを知らない。たぶん、ほとんどが知らない。もちろん、それぞれに何か大切なもの、好きなものがあり、人生を揺さぶられることはあるだろうけど。
 終わってほしくない――あまりに切実すぎて、俺はこの思いをまったく口にも文字にもできなかった。”


 最初に入社した会社で働いていた頃、退勤はいつも23時過ぎで「スクール・オブ・ロック」というFMラジオを車の中で聞きながら帰っていた。
その帰り道にローソンがあり、その明かりを見ると何だかホッとした気分になってほぼ毎日寄っていた。わざわざ右折をしてまで。
ラジオとコンビニの明かりが暗い夜を照らしていた。
どう考えたって、こんな毎日を何年も続けられるはずがない。
先輩社員達はバタバタ辞め、離職率は8割を超えていたと思う。
先が見えない人生、真っ暗な車内。
それでも今日を一日乗り切ったと、ラジオ番組とコンビニの明かりに救われていたのだと思う。


 SNSが発達する以前は匿名で誰かとやり取りしつながりを生んでいたのはラジオだったんじゃないかと思う。
顔が分からない、どんな名前かも分からない人間が交流する世界。
ただの一般人でも、その世界ではラジオネームを知らない人がいない位有名なハガキ職人もいる。
私はインターネットラジオステーション「音泉」というサイトで、好きなアニメのラジオ番組を聴いているのだが「この人、いつも読まれてるな」という人がいる。
主人公のコンビニ店員富山は、ハガキ職人だ。
アルコ&ピースのオールナイトニッポンのヘビーリスナーで、「トーキング・マン」というラジオネームでお便りを投稿している。
彼の同僚鹿沢は「だいちゃ」という名前の歌い手で、人気がありtwitterのフォロワー数が8000人を超える。
富山と鹿沢のコンビニにふらりと来た佐古田という女子高生は「虹色ギャランドゥ」という有名ハガキ職人で、アルコ&ピースの番組で富沢が欲しくてたまらないカンバーバッチという優秀なネタを投稿したリスナーにしか送られないノベルティを二つもゲットしてる。
けれどもそんな彼らも傍から見るとただのコンビニ店員と変わった女子高生にしか見えない。
今はそういう世の中だ。
近所に住む人も、学校や会社にいる人も、家族もそれぞれ顔を持っている。
身近な人間が、ネット上では有名人という事だってあるだろう。
それをオープンにしたり、ひけらかしたりしている人間もいるだろうが、多くの人は知られたくないと隠してるのではないだろうか。
「トーキング・マン」と名乗る以前は、「ジャンピング・ビーン」という有名ハガキ職人だった事を隠していた富山のように。


偶然虹色ギャランドゥこと佐古田に会い、知られたくない事を知られてしまった富山。
そこから鹿沢のネット上での顔を知り、あまり絡みたくなかったものの巻き込まれ、だいちゃの曲に詞を提供し2人でいい歌を作る。


“俺は、一人でもけっこう平気だ。
 ただ、世の中の、一人はいけないという空気に負ける。ダメなヤツだと、ミジメだと思われる。どうでもいいといくら意地を張っても、どっかで頭を垂れてしまう。
 孤独でもいいのにね。
 でも、本当に孤独を愛する人間なら、夜の闇から響いてくる明るい声に、こんなに心を揺さぶられるものかな。人の声、明るい声、笑い、笑いを作る人々のざわめき。深夜ラジオ。
 鹿沢に、彼の人生のことをあれこれ聞いてみたくなったよ。同時に、もう知らなくてもいいとも思った。ここを離れて、ラインしたり、ライブを聴きに行ったり交流することはあっても、深夜の八時間、十時間を、夜の中に浮かぶ奇妙に明るいコンビニで一緒に働くこととは違う。
 俺は感傷的になってるのかな。普通に忙しい、昼夜逆転で、きつい仕事だよ。しゃべったりもするけど、ほとんど黙ってそれぞれ働いてる時間ばっか。特別な時間とか、そんなこと言ったらセンチすぎる。
 ただ、俺、二人で長い時間一緒にいて、イヤじゃない相手って、めったにいない。共通点とかなんもないようなヤツなのに。”


今は、人それぞれが人それぞれの人生を生きている。
一人でも、生きて行ける。
ネット上で趣味の合う相手を見つけ、オンラインで会話しオンラインだけの付き合いというのもできる。
でもラジオの公開録音にリスナーが参加するように、
パーソナリティーや同じリスナーに会いに行くように本当は生身の人と人とのつながりを求めているのかもしれない。
富山は休学していた大学に通い直す事を決め、将来はラジオ局で働く事を目標にする。
その送別会とアルコ&ピースのラジオ継続祝いを兼ねたパーティーで、鹿沢達に囲まれながら富山は思う。
また、こんな夜があるといい。と。

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