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ついに合コンで選ばれた話


「うわ、めっちゃタイプなんだけど」

男は私を見るなり嬉しそうに言った。




合コンにいい思い出がない。

人生最高のコンディションを更新して臨んでも、いつも自分の身を自分で抱きしめて帰路につく。

ニコニコと座っているだけでは見てももらえず、笑いを取りに行けば「次の合コンでも盛り上げてほしい」とお笑い要員になってしまう。

Twitterやnoteに書いてはネタにして、自分の中で折り合いをつけていた。

選ばれない事実に必要以上に傷つくくせに、誘われれば過度な期待とともに懲りずに参加している。


今回は初めて知り合いが一人もいない合コンに参加した。
Twitterに投稿した合コン体験談を読んでくれた方が「もしよかったら」と誘ってくれたのだ。

その方とも過去にメッセージのやり取りすらしたことがなかったため、誰一人知らない合コンへの参加となった。

知り合いのいない戦場に乗り込むコミュ力など持ち合わせてはいないが、むしろ知り合いがいない方が候補が増えるのではと、そんな安易な考えでいつも以上の期待を胸に秘めていた。


合コンへの参加回数も片手は超えた。
美容院に眉毛サロン、ムダ毛処理に新しい洋服、そんな準備だってお手のものである。



舞台は新宿のとある居酒屋。
早く着きすぎた私は周辺をウロウロし、集合時間の5分前を見計らって店内に入った。
5分前であるにもかかわらず、私が一番最後の到着であった。

飲み放題付きで3000円のいかにも怪しいお店だったが、店内は思いのほか綺麗だった。

案内された襖に手をかけ、深呼吸してから開ける。
その瞬間、値踏みする不躾な視線が一斉に集まり、自分の体が強ばるのを感じた。
軽く頭を下げながら入口すぐの空いている席に座り、私も参加者全員を一瞥する。

多少なりとも関係を持った男がいないことにまずは安堵した。

確率的にはとても低いはずであるのに、こういった場で過去に関係を持った男に遭遇してしまうことは珍しくない。
ゲイの世界が「狭い」と言われる所以を、私は身をもって知っていた。
そのため、洋服を脱いだ私を知る者がいない事実にひとまず安心した。

私を誘ってくれた方は一番遠い席に座っていて、なんとも微妙な会釈をした。

私が座るやいなや、幹事らしき人が挨拶をし、自己紹介の時間となった。

参加者は私を含めて10人。

正確には覚えていないが、一番下が25歳で一番上は30歳だったはずである。

見た目はいわゆる前髪系の人ばかりで、華奢な感じの方たちばかりだった。
見た目の似ている人ばかりが同じ空間に存在している光景はなんとも異様で、少しだけ居心地の悪さを感じた。



そしてこの自己紹介の瞬間から、私の地獄は始まったのだった。



まず私が驚いたのが、ポジションを含めた自己紹介である。
ポジションは恋人を探すうえで大切な項目ではあるものの、今まで参加した合コンでポジションを伝えることなど一度もなかった。

今までの合コンでは誘う段階から幹事の人が比率を調整してくれていたし、席の座る場所も暗黙の了解としてポジションごとに分かれていた。

ポジションを大勢の前で発表するデリカシーのなさに、今までのお食事会のような合コンとは異なる空気を感じ早々に気分は下がっていた。



そして何より、ポジション発表によってこの合コンは幕を閉じてしまったのである。




なぜなら参加者の10人中8人がウケで、1人がタチ、1人(私)がバニラ派という事態だったからだ。


「私もウケよ~!」

自己紹介が進むにつれみんな諦めたのか、多くの人が真の姿なのか仮の姿なのか、もう一つの姿を現した。

「きゃーwwww」
「いやーんwww」
「オカマしかいないww」

参加者は合コンを諦め飲み会へと気持ちをシフトしたのだろう、どんどんと盛り上がっていった。

ただ、私だけは苦笑いだった。
誘われた身ではあるものの、そういった比率を無視した幹事にも少し苛立っていた。

私はオカマの集う大宴会に来たわけではない。
合コンにきたのだから。

もうこの合コンに期待など何もしなかったが、途中で抜け出す度胸すら私は持ち合わせていなかった。

仲間を得たオカマというのは、まさに水を得た魚である。
コールこそないものの、異常なまでの盛り上がりだった。
まさに、陰の私が苦手な陽の飲み会であった。

ホゲてる人が苦手なわけではない。
むしろ好きだし、恋人がホゲていても全く構わない。
ただ、賑やかな陽の飲み会がとてつもなく私は苦手なのだ。


話の内容も仕事や趣味の話ではなく、それぞれの不可思議リアル体験談や面白性事情といった内容がメインであった。
合コンではありえない話題である。

私だって同じ土俵に立てば誰よりも笑いと興味をかっさらう自信はある。
しかし、万が一にもこの中に自分の運命の相手がいる可能性を捨てきれず、私は自身の経験は語らず上品に笑っていた。


とは言いつつ、正直もはや消化試合であった。


「元彼の今彼とヤッちゃって」
「私なんてローションなくても余裕よ」
「この前の複数は連続10人抜きとか」

なぜなら、こいつらが運命の相手なわけがないのだから。
てか、どうせ話すならそんなありきたりな話じゃなくて、もっと面白いこと話せよ。
披露されるエピソードが弱いことにもモヤモヤしていた。


2時間の飲み放題と聞いていたため、1時間を過ぎた頃から私の興味は時間だけになった。
目の前に座る男の腕時計を5秒おきに見る作業ゲーであった。

残り45分からなかなか時間が過ぎない。
そんなことを思っていると突然見知らぬ男が会場に入ってきた。


その男は「こんにちは~」と言いながら、参加者の一人に「あ!いた!来たよ~」と大きな声で話しかけた。


目があったので軽く会釈をすると、男は嬉しそうに言ったのだ。


「うわ、めっちゃタイプなんだけど。え、めちゃくちゃ可愛いね」

「急遽誘われてさ、面白そうだから来ちゃった」

男は自己紹介することもなく、当たり前のように私の隣に座り、当たり前のように私にだけ説明してきた。

30歳は超えているだろう。
短髪に髭、丈の短いパンツ、どこからどう見てもゲイである。

前髪系が集まる会場でその風貌は明らかに異質であった。

気軽な途中参加も、合コンというよりは陽の飲み会だなと感じた。

合コンでは禁じ手とされる特定の個人を過剰に褒める行為を、その男は入室1分でやってのけた。

本来であれば顰蹙を買う行為ではあるが、おそらく周りの参加者はその男も私もタイプではなかったのだろう、特に嫌な視線を向けられることはなかった。

正直、悪い気はしなかった。
外見を執拗に褒める行為は品のない行為だとは思いつつ、今までの合コンで外見を褒められたことなど一度もなかったから。


男は合コンが終わるまでずっと私に質問をしてくれた。
浅はかな私は、その男が求めるであろう回答をひたすら答えたのであった。


男が登場してからの時計はやる気十分で、すぐにお開きの合図があった。

私はお店から出る前にトイレに寄った。
トイレから出ると男が待っていて、「少し2人で飲み直さない?」と誘ってきた。

これこれ、これだよ、これ。
このシチュエーションを今までの合コンで何度夢見てきたことか。

私は悩むフリをしながらも、静かに頷いた。


お店から出るとすでに他の参加者の姿はなかった。


「この辺に知ってるお店ありますか?」

そう聞くと男は「んー」と言いながら、悩む様子もなく歩いていく。

歩きながらたわいのない話をした。
好きなアイスの味、夏休みに行ってみたい場所、最近観た映画。

このまま歩いていくとホテル街だと気づいたときも、私は素知らぬ顔で「あ、夏とかにかかわらず激辛は苦手で」と答えた。




しばらく歩き、ホテル街に足を踏み入れたときに聞いた。


「恋人いるんですか?」


合コンの参加者には絶対にするはずのない質問。

私は確信めいたものを感じていた。
恋人の存在を仄めかす発言はなかったが、旅行や趣味の話で相手を意図的に隠しているように感じたのだ。

あとはもう空気感としか言いようがないが、恋愛に命をかけてきた私はこういった類への嗅覚が鋭くなっている。

何よりこの男は、そもそも合コンの参加者ではなかったのだ。


「多分」


男は驚いた顔で私を見つめ、バツが悪そうに曖昧な返事をした。


やっぱり。


私はその状況に対しての失望より、自分の嗅覚の鋭さに感動した。


「恋人いたら無理?」

何をバカなことを言っているんだ、この男は。

「そうですね、無理です」

そう断ると男は顔色を変えもせず、顔を寄せてきて言った。

「俺のめっちゃデカいよ」

デカいのか。
そうか、デカいのか。

正直揺れた。
男の潔さに拍手を送りたかったし、何より自己申告の「めっちゃデカい」がどれほど大きいのか、純粋な興味が湧いてしまった。

今後こいつと付き合うことも会うこともないのであれば、それだけ堪能してもバチは当たらないのではないだろうか。


悩む。
頭の中で天使と悪魔が争う。
悪魔が少しだけ優勢。


「襟足ある子が好きなんだよね」

私の迷いを察したのか、男は私の襟足に触りながら言った。

その瞬間、見ないようにしていた現実とともに天使と悪魔の争いに勝敗がついた。




全くタイプじゃない。

初対面でタメ口なのも、ボディタッチが多いのも、食べ方が汚いのも、爪が長いのも、選んでやってるって態度も、自分がモテるって態度も、恋人がいるのに不誠実なのも、そして顔も、全部全部全部タイプじゃない。


本当に驚くほどタイプじゃない。


泣きたくなってきた。
こんな奴に選ばれたいわけじゃないのに。
こんな奴に選んでもらおうと必死になっている自分がいる。

情けない。
情けない。

誰かに選ばれるのが久しぶりで、バカみたいに舞い上がってしまった。


「やっぱり恋人いる人とは無理です」

男は少しだけ粘ったが、気を悪くする様子もなく「わかった。気が変わったら連絡ちょうだい」と言った。

駅まで歩く最中も変わらずに話を盛り上げようとしてくれた。
少しだけ、ほんの少しだけいい男に思えた。



今回の合コンでも運命の相手を見つけることはできなかった。
もう何をしても無理な気がしてきてしまう。
本当にどうすればいいのだろう。

そもそも飲み放題付き3000円の合コンで運命の相手が見つかるはずもなかったのだ。
せめて5000円であれば話が違ったのかもしれない。

こんな考えをしている時点で、合コンで勝利を収めることなどできるはずもないのだ。



翌日、私は伸ばしていた襟足を切った。

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