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ギャグにキャラは邪魔?シュールギャグ漫画界のカリスマ・榎本俊二氏が語るキャラクター論 #読む漫画家ミライ会議

本noteでは、2022年5月5日に東京ビッグサイトで行われたコミティア内で開催しました「漫画家ミライ会議 出張版」のセッションを文字起こしした内容を公開いたします。

リアルイベントならではの臨場感や会場の雰囲気はなかなかお伝えしづらいところはありますが、非常に濃い内容のセッションとなっていますのでぜひご一読いただきたいです。

まずは1つ目のセッション、シュールギャグ漫画界のカリスマと言われる漫画家・榎本俊二さんに伺った「キャラ論」を公開します。司会は、弊社取締役CXOの小禄漫画編集者の遠藤です。

ジャンルを軽々飛び越えるカリスマ天才漫画家(Wiki調べ)・榎本俊二氏登場!

小禄 卓也(以下、小禄):
気がつけばどんどんお客さん増えてますね。ありがとうございます。さっそく「漫画家ミライ会議 出張版」のセッション一つ目を始めていきたいと思います。

まずは「キャラ論」ということで、榎本俊二さんとトミムラコタさんでお送りしようと思っていたんですけど、トミムラコタさんが直前に体調を崩されてしまいましたので今回は欠席になります。作家さんですので、体調崩されて無理に出て悪化されるのも良くないということで、今日は無理なさらずご自宅にお帰り下さいと言う形になっております。

ということで今回はキャラ論、榎本さんのみでお送りしたいと思っております。皆さんよろしくお願いします。榎本さん、軽く自己紹介をお願いできますでしょうか。

榎本 俊二(以下、榎本):
漫画家の榎本俊二と申します。よろしくお願いします。

小禄:
よろしくお願いします。

榎本:
ギャグ漫画を30年ほど描いています。1989年デビューなので33年目に入りまして、モーニングの方で 『GOLDEN LUCKY』『えの素』『ムーたち』を連載していました。今はアフタヌーンで『アンダー3』というものを連載しています。今が一番下品です。

小禄:
僕は正直榎本さんって『ムーたち』から入ったんですよ。

榎本:
一番よろしくない入り方ですね。

小禄:
今日榎本さんとお会いするので朝単行本を持って行こうと思って探したらすぐ出て来ました。『ムーたち』はシュールだけど哲学的な要素が散りばめられていて、素朴な疑問からどんどん掘り下げていった後にファンタジーな世界に連れて行かれる…みたいな漫画なんですけど、それを最初に読んでから『えの素』を読んで、その後『GOLDEN LUCKY』を読んだんですが、これ本当に全部同じ作家さんが描いているの?って。すごいと思いました。

榎本:
『榎本俊二のカリスマ育児』っていう育児漫画も描いてるんですけど、それが最悪の入り方ですね。それを読んだ後に『えの素』を読んでたまげるっていうのが自分としてはありがたい。

作品ごとに違ったものをやりたいなっていう感じでやっているので、ファンの方がしっかりついて来てくれると思ったら、そのファンの方が怒り心頭になってる、っていうような感じでやってますね。

小禄:
一応Wikipediaも調べてみました。多分榎本さん大好きですって気持ちでお越しになられている方も少なくないと思うんですが、改めて簡単にご説明させていただきます。

「最盛期の赤塚不二夫よりも空虚でエログロの抽象化という点においては山上たつひこを凌駕する作者である。『えの素』『GOLDEN LUCKY』といった氏を代表する作品のほか、『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』のような本格的なバイオレンスアクション作品や『ムーたち』のような哲学の域に片足を突っ込んだ作品、『榎本俊二のカリスマ育児』のような子育て漫画のようなジャンルを軽々超えるまさにカリスマ天才漫画家と言ってもいい」

Wikipediaより引用

ハードルを上げに上げたWikipedia。榎本さん的には結構こういう紹介のされ方をすることは少なくないのかなと思うんですけど、カリスマ漫画家とか。

榎本:
自分でカリスマとはあんまり(思わない)……。まぁ、褒められるのはどんな形であれ嬉しいですね。

『ギャルと恐竜』でアニメ化となったトミムラコタさん

小禄:
せっかくなので、トミムラコタさんのご紹介もさせていただきます。『ギャルと恐竜』『僕たちLGBT』そして『実録!父さん伝説』などを描かれる漫画家さんです。『ギャルと恐竜』に関しては作画を担当されています。

トミムラさんといえば、『ギャルと恐竜』の原型となるオリジナル漫画がDAYS NEOに投稿されるや否や、担当につきたいですっていう編集さんがたくさん手を挙げてすぐにデビューしたという。

それまではエッセイ漫画を中心に描かれていたりしたんですけど、森もり子さんという原作の方とタッグを組んで初めて物語系の作品に挑戦したのが『ギャルと恐竜』という作品になりますね。

先ほど榎本さんからありましたけど『ギャルと恐竜』最終7巻が先日発売になりました(※イベント開催は2022年5月5日)ので、もし興味のある方は是非ご購入いただけますと嬉しいです。

榎本:
今日は残念でしたね。アニメ化になる漫画の描き方を教えてもらおうかと思っていたんですが…。

小禄:
今回の掛け合わせとしては、『ギャルと恐竜』でギャルと恐竜が共同生活をするところから物語をどう進めていくんだろう、みたいなところのお話をトミムラコタさんにお伺いしつつ、榎本さんには変幻自在キャラクターたちってどういう風に発想してるんですかってところをお伺いしようと思っていました。お二人とも結構違う作家性をお持ちと認識してましたので。

榎本:
歳も全然違いますからね。

小禄:
トミムラさんは結構お若くて、榎本さんは33年ものあいだ漫画家をされていらっしゃるのでその辺のギャップとか。トミムラさんも榎本さんのことが大好きということだったので残念ですが、その悲しみを乗り越えてやっていきたいと思います。

僕らも軽く自己紹介します。司会は株式会社ナンバーナインの取締役CXOの小禄と、

遠藤 寛之(以下、遠藤)の:
ナンバーナインのWEBTOON制作スタジオ、Studio No.9でリーダーをやってます遠藤と申します。よろしくお願いします。

榎本俊二流「漫画の作り方」

小禄:
今回は榎本さんお一人に「漫画の作り方」「二人のキャラ論」「好きな作家作品」「今後描いてみたいキャラ」の4つのテーマについて、どんどん質問させていただこうかなと思っております。

まず、一つ目のテーマ「漫画の作り方」について、今回メインのテーマがキャラ論ということなんですけど、多分卵が先か鶏が先かじゃないですが、作家さんや作品によってはキャラクターが先にできあがって企画になって漫画になるみたいなケースもあると思いますし、そこの過程も含めてそもそもどんな風に漫画を作っていらっしゃったのかという素朴な疑問を導入にして、榎本さんに次のキャラクターの作り方について掘り下げられたなと思います。

面白い発想のものがあればキャラはどうでもいい

榎本:
キャラ論って結構硬いし、そんなに論と言えるほどキャラに対して日頃から考えを持ってるわけではないですけど、自分はどっちかっていうとキャラを立てたりっていうよりかはアイデア先行型っていう感じですかね。

面白い発想のものがあればキャラはどうでもいいと思ってます。むしろいらないくらいの気持ちでやってましたね。『GOLDEN LUCKY』の時は、ワンちゃんだったりインベーダーだったり色々キャラクターが出てはいるんですけども、自分はキャラクターが嫌いで、四コマのアイデアを活かすには邪魔だなと思っていました。でも担当編集にネームを見せてちょっとこれキャッチーだなってなると、「これをもう一回描いて」「これをもっとアピールして」「どんどんシリーズ化して」って言ってくるわけです。

小禄:
言いますね。だいたい漫画はキャラクターが大事だと。

榎本:
自分は担当編集の言うことを聞きたくないんで。本当はキャラクターがいないような漫画の方が面白いと思っていたんですけど、それだけじゃやっていけないし、そうは言ってもたくさんの方に読んでもらいたいっていう想いもあるので、可愛いワンちゃんを何回も出したり、インベーダーっていうキャラをシリーズで出したりっていう。自分の中では仕方なくやっていたっていう中途半端な形ではありましたね。

小禄:
アイデアとしてはこういう漫画、作品が作りたいってところから入っていったわけですね。

榎本:
そうですね。自分の場合は読んでる人がびっくりするものが描きたいなって、それに尽きますね。感動とかじゃなくて世の中にまだないような、読んで今まで誰も経験したことがないような心境になってもらえるものが描きたくてギャグ漫画を描き始めているので、それができればどんなものでもいいかなって。だから絵柄とかもその時で変えたりとかもします。

小禄:
キャラの造形についてはまた後でお伺いしたいんですが、驚くものを作りたいっていうのは担当編集さんとのやりとりで結構苦労しそうですね。

榎本:
そうですね。ギャグ漫画だと難しいんじゃないかなって思いますね。ギャグの編集さんは作家まかせっていう方もいらっしゃいますし。

自分の場合は「動き自体がギャグ」みたいな漫画も描いているんですけど、動きそのものが流れるように描いていても動きが伝わらなかったらギャグにならないので、担当編集に常識的に見てどうなのか、動きがぎこちなくないかをチェックしてもらうという意味では、フラットな評価というかジャッジをしてもらった方がいいなという部分もあるので、自分のギャグを成立させるために担当編集は欠かせない存在ですね。自分一人でやっていたらもっと独りよがりなものになっていたんじゃないかなとは思います。

新人の時は表現力も全然拙かったので、最初の頃に細かいチェックを入れてもらったのは自分にとっては良かったですね。そこで読みやすさやわかりやすさについて鍛えられたなっていう感じがします。そもそも何が起こっているかっていうのがわからないとギャグが成立しないので。四コマ漫画で基礎体力ができたのかなっていうところがありますね。

「辛い」「もうダメだ」と思い続けて30年

小禄:
四コマってアイデア枯渇しないですか?多分いろんな人に言われると思うんですけど。

榎本:
自分は最初から「辛いな」「もうダメだ」って毎週頭が真っ白になって、そこからネタをなんとかひねり出して、気がついたら30年以上経ってましたね。

同じ漫画家で上野顕太郎さんっていう先輩がいるんですけど、上野さんはギャグのネタに困ったことがないって言うんです。絶対嘘だろと思っていたら本当らしい。人によってはそういう方もおられるんですよね。自分の場合は毎回苦しいの連続で、もうだめだもうやめるって思ってました。

小禄:
そうは言っても、結構長いこと連載されていますよね。『えの素』も9巻くらいある。

榎本:
やっていると次にやりたいものの構想は幸運にも出てくるんです。先ほどキャラクターをアピールさせたくないと話した『GOLDEN LUCKY』ですが、アンチキャラクターみたいなギャグをやりたいしそのつもりでやっていたら、むしろその反動でリミッターを外してとことんキャラクターを暴れさせたいっていうのが溜まりに溜まっていったんですね。それを爆発させたのが次の『えの素』っていう作品なんです。

自分の場合はうまい具合にできていて、『えの素』でやりたい放題やっているうちに、ストイックな全く逆のものが描きたくなって『榎本俊二のカリスマ育児』のようなものになったり『ムーたち』みたいなかなり抑制されたクールなタッチの漫画になったり…。描きながら反動で次の作品が出てくるっていう感じですね。

小禄:
担当さんが驚きそうですね。次そこ行きます?とか、担当や読者の反応を楽しむ愉快犯みたいな。

榎本:
担当も結構勝手な感じですね。『えの素』とかもあまりにち○ち○とかう○ことか出し過ぎて、「出し過ぎだろ」って言われたので全然出てこない回を描くと、「全然ち○ち○が出てこない」って言ってるくらい。

『ムーたち』を描いた時にこれはすごいの描いたなって思ってたら、やっぱり「う○こやち○ち○が出ないのはさみしいね」みたいな。みんな勝手なんですよ。

榎本俊二のキャラ論

小禄:
キャラクターの話が『GOLDEN LUCKY』から『えの素』へ進んだところで、次のテーマ「キャラ論」に行きましょうか。

「若い頃はキャラはギャグに邪魔だなって思っていました」

榎本:
キャラ論についてですが、さっき言ったように自分は特にキャラに対してっていうのは…。

小禄:
アンチキャラクターイズムみたいなのは結構面白いんですけど、なぜそうなんですかね。

榎本:
やっぱりギャグに邪魔だなっていうのがあります。自分のタイミングで読んでもらうのが一番いいと思っているので、魅力的なキャラが魅力的な表情をしている箇所で立ち止まられても困るっていう。若い時はキャラっていうのはギャグに邪魔だなって感じてましたね。

でも今はちょっと考えが変わって、それなら邪魔されてもいいギャグを描けばいいじゃんっていう。

小禄:
キャラクターが存在することで広がっていく。

榎本:
『えの素』はキャラクター漫画だし『ムーたち』でもキャラクターを描いているので。若い時にアンチキャラクター、キャラクターがない方がいいとか言ってたのは若かったからなんですよね。今は同じようなテンションの、誰もが読んだことのないようなギャグ漫画を描くことができればいいなと思っています。

自分の漫画はアニメになってもいいんじゃないかって思ってますけどそんな話は一切ないですし、30年やってても自分では成功してるとは言い難いですね。その辺を今日トミムラさんに聞きたかったです。

榎本俊二的「悲願のアニメ化」をスルッと実現させちゃった『ギャルと恐竜』のすごさ

小禄:
先日『えの素』のアニメ化クラウドファンディングを立ち上げられてましたね。

榎本:
結局自分でやらないと誰もやってくれない。

小禄:
でも1000人くらいの方が支援して、1000万円近く集まったんですよね。

榎本:
200万円をゴールに設定してたところ、1000万円も集まって、使い切りました。そろそろアニメが完成するんですけど。すごい豪華な声優さんにお金全部持ってかれたんじゃないかな。

小禄:
アンチキャラクターから入ったとは思えないくらい個性のあるキャラクターを展開されていますが、せっかく資料を用意したので榎本さんがお話を伺いたいと言っていたトミムラコタさんの『ギャルと恐竜』についてもお話しさせていただきます。

酔っ払ったギャルが恐竜を連れて帰って来てそこから共同生活が始まる…というのが簡単な物語で、8ページで1話完結というゆるふわ日常キャラクター漫画です。結構インパクトあるな、すごい面白い設定だなと見ていました。ギャルは悩まない、恐竜も悩まない、とすごい楽天的な性格がギャルにも恐竜にもありますという設定なんですがDAYS NEOで掲載した時のオリジナルと、ヤングマガジンで連載が始まった時の1話目のコマで大きな違いがあります。、

実はオリジナルの時は恐竜がちょっと喋ろうとしてたんですよね。会話をするキャラクターとして描こうとしていたんですが、本編が始まると恐竜は喋りませんという形になって、そこから喋らない恐竜とギャルが共同生活して、喋らないけどなんか感覚が伝わるとかそういう風に物語が進んでいく形になったんですね。ここが物語の作り方としてすごい面白いなと取り上げさせていただきました。

榎本:
面白かったし、喋らないっていうのが特徴の恐竜なのでこれは徹底してよかったんじゃないかなとは思います。喋らなくなった過程が知りたいですよね。担当編集と打ち合わせしてより喋らないものにしたのか、原作者さんとの共同執筆ということなのでどういう相談で行き着いたのか。

ただトミムラさんも絵を描いているだけではなくてお互いの意見があった上でのキャラクター造形だとは思うので、変種も交えてあそこに行き着いたのかな。トミムラさんの『僕たちLGBT』も読みましたが、この本の最初のあたりにちらっと恐竜が出て来るんですよ。だから『ギャルと恐竜』を描くにあたって生み出したんじゃなくて、そもそも使い慣れている常連キャラクターだったんだなって。

小禄:
さすが、よく見てらっしゃいますね。僕はトミムラさんとは12、3年前からプライベートでも仲良くしていただいてるんですけど、元々恐竜くんというキャラクターがいたんですよ。『ギャルと恐竜』が出る前から恐竜くんというキャラクターがいて、その恐竜くんは喋るんですよ。喋ってたんですけど、榎本さんがおっしゃる通り、担当編集さんとの打ち合わせの中で「このギャルと恐竜という対比の中で進めていくんだったら恐竜は喋らないほうがいいですよ」と言われてこの形に落ち着いたという話を伺っています。

榎本:
恐竜はシンプルな線で、逆に主人公の楓ちゃんは線が多くて可愛らしい。その辺の対比も面白いし、めちゃめちゃ可愛いんでこの辺はどんな感じなのか聞きたかったです。

でも週刊連載の良さでみるみるうちに絵が上手くなりましたよね。週刊でやってると絶対絵は鍛えられるんですよ。悪い方は手癖で(キャラが)どんどん記号になっていっちゃうっていうのもあるんですけど、その主人公の楓ちゃんの場合はみるみる可愛くなっていったんで、やっぱり週刊でやっていくとすごいなって思いました。

自分は今回まとめて読んだんですけど、1巻と6、7巻のライブ感も違うし、絵柄もこなれていって、これもうちょい続けていったらどうなって行くんだろうなって興味もありますね。

自分の場合も『えの素』も6年くらいやったのかな。葛原さんも最初に出た時はくたびれた感じのOLさんって感じだったんですよね。それも描いていくうちに色気も出てきて、キャラクター性も鞭を振るうっていうサドっ気が出て来て世の男性達を虜にしてましたね。

著名作家からも愛される葛原さん。最初は「脇役中の脇役」だった?!

小禄:
葛原さん、検索するとめちゃくちゃファンがいますよね。

遠藤:
作品紹介でも葛原さんのところだけ長く紹介されていて。

榎本:
自分ではそんなに意識というか、これは受けるだろうって意識はなくて、自分が好きなタイプの造形のキャラを出しただけだったんですよ。それが、一番最初に出してすぐに冬目景さんという漫画家さんが編集部に「葛原さん最高です」っていう連絡を入れて来て、自分もそんなダイレクトな反応を、しかもプロからもらえたというのでびっくりしました。

一番最初に葛原さんが良いと言ってくれたのは冬目先生だったんですけど、この出来事からこのキャラクターにはこんな力があったんだっていうのを実体験で痛感したので、ちょっと描き散らかさないで慎重に魅力的に書いていこうって、葛原さんに限らず女性キャラクターってそういう風にしたほうがいいなって思ったんですね。

例えばシナリオライターの奈須きのこさんも「葛原さんは最高です」って言ってくれてて、奈須さんの知り合いの界隈でも「葛原さんは大人気です」っていう風に言われたんでこれは嘘じゃないんだなって。自分の知らないところで葛原さんは男達の股間を叩き続けていたっていう。自分にとって他人にヒットしたキャラクターっていうのは葛原さんなのかなって思いますね。

小禄:
『チェンソーマン』の藤本タツキさんもめちゃくちゃお好きなようで、同作番外編の4コマ漫画で「4コマ目おもいつかなかったので『●の素』の●原さんをかってにかきました」ってやられるくらい。

榎本:
あと、『無限の住人』の沙村広明さんとか困った感じの人にも好かれますね。絶対みんな変態ですよ。だから、ちょっとやばそうな性癖を持ってる方に好まれるキャラクターを描いているんだなって。でもそれはとてつもない武器だなって思ってます。

小禄:
受け入れてくれそうな懐の深さというか何かありそうですね。ちなみに葛原さんに関して、最初はここまでヒットするとは思わなかったですか?

榎本:
思わなかったですね。どちらかといえばスラップスティックのような、見たことのないテンションの高い動きとか発想のギャグを展開したいので、郷介とその息子のみちろうだったり、使い勝手のいいキャラクターを描きたかったんですよね。

だから、葛原さんは脇役中の脇役のつもりだったのでそんな風になるのは意外でした。

『GOLDEN LUCKY』と『えの素』、玄人受けを狙ったのはどっち?

小禄:
『ギャルと恐竜』の話題でもありましたけど、キャラというのは連載されていく中で育っていくとか、洗練されていくという意識はありました?

榎本:
そういう意識は全然なかったですね。キャラクターについて考えてなかったので。結局『えの素』もキャラクターを使って今までみんなが読んだことのないような、読みたくない人にも読んでもらえるくらいグイグイいくような革命的なギャグをやってるんだって思い込みながらやっていましたし。

キャラクターも取っ掛かりとしては大事で、ぱっと見面白そうなキャラクターがいたら読むじゃないですか。読んだら最後とんでもない未曾有の漫画を読まされていたっていう流れがいいなって。

『GOLDEN LUCKY』の時はどちらかといえば玄人受けというか、ただワーッと読んでギャハハと笑ってもらうというよりは、これがわからない奴は漫画マニアとは呼べない、という風に読まれていることが多かったんですね。

実際『GOLDEN LUCKY』の完全版が出た時もラーメンズの小林賢太郎さんなどどちらかというと玄人受けする人に評価されてるイメージが強かったんですけど、もちろんそういう読まれ方も嬉しいし、そういう読まれ方をするために描いていたんで。

でもその辺をウロウロしてる汚らしいにいちゃんとかにもガハハって笑ってもらいたいなっていうのもあったんで、漫画マニアじゃない人にも、漫画の知識がない人にもちゃんと読んでもらってしっかり笑いを取れる、かけ離れた両極端のことを成立させたいし、できたんじゃないかなと思っているのが『えの素』なんですよね。そのためにキャラクターをキャッチーにしたりしたんです。

『えの素』の場合はそれで良かったんですけど、現在はどんどん下品の度がエスカレートしてむしろさっき言ってた人たちには読まれてないですね。だってもう何も言われなくなったし、こっちは感覚が麻痺しちゃってるんで。

ただただでっかいち○ち○が扉絵にあったりとかして、その隣が山下和美さんの『天才 柳沢教授の生活』だったりとかして。そういう時は『天才 柳沢教授の生活』の担当編集がうちの担当編集にこれは営業妨害だよねって本気で怒られたっていう。台割を組むのは副編(副編集長)とかなんですけど。でも『柳沢教授』が感動的に終わったのに、隣にでっかいちんこがあったら台無しなんでそれは本当に申し訳ないなと。

小禄:
ただ、それで遠慮してるわけにもいかないですから。

遠藤:
少し気になったことがあって、キャラクターを育てていく意識があまりなかったという話で、出したあと読者や同業者から反応があったりするとこういうところが刺さったのかと気づいて強調していこう、みたいな風に思いがちなのかなって思うんですけど、そういう意識はありましたか?

榎本:
それはあんまりなかったですね。下品にエスカレートはしてしまったんですけど最後まで自分の中では「今までやったことのないギャグに挑戦する」っていう、ギャグの手法を発明してそれを絵に表現することでみんなにびっくりしてもらうっていうのをテーマにやっていたんで、キャラクターを育てようっていう意識はなかったですね。

榎本作品にチラリと顔を覗かせる、意外な大御所漫画家の影響

遠藤:
担当さんとは「葛原さんでいきましょう」とか打ち合わせで出なかったんですか?

榎本:
それはなかったかな。

小禄:
そこは榎本さんの感覚、センスを信じてやりましょうって言ってくれてるところもあったんじゃないですかね。

榎本:
どうなんですかね。その辺は聞いてみたいような聞いてみたくないような気もするんですけど。

遠藤:
もう一つお伺いしたいんですけど、葛原さんを最初に出した時、自分の好きな女性っていう風にお話があったんですけど、好きなっていうのは異性として好きというかそういうことなんですか?

榎本:
自分がそそるって意味ですね。当時は萌えみたいな言葉はなかったんですけど自分がピクリとするというような感じですかね、黒髪のつり目の。

遠藤:
本当に好みの女性っていう感じ。

榎本:
自分のキャラクターのルーツとかって、そういう話になるのかと思うんですけど。

遠藤:
今お話しいただいて、確かに漫画家さんのヒロインって自分の理想の女性が投影されると人気のキャラになるみたいな話は結構伺いますね。

榎本:
今まで読んできたものが無意識に影響を受けるのかなって思っています。『えの素』の場合だと、これはあんまり賛同されないし、奈須きのこさんと対談した時も全然反応なかったんですけど、高橋留美子さんの『うる星やつら』に出てくるサクラ先生が葛原さんにちょっと反映されてるんじゃないのかなっていう気がするんですよね。

『えの素』の登場人物に田村さんって名前の変態の盗聴マニアがいるんですけど、それは『めぞん一刻』の四谷さんみたいな感じかな。結構高橋留美子さんの影響が大きいなって自分では思います。

自分の漫画に婆ちゃんも出てくるんですけど、『めぞん一刻』に出てくる五代くんのちっちゃいおばあちゃんに結構似てるような気がしたりしてて、「そうかな?」ってみんなに言われるんですけど。

遠藤:
榎本さんなりのルーツはよくよく考えるとここから影響を受けてると。

榎本:
『えの素』のキャラクターはそうなんじゃないのかな。

榎本俊二ならではの「丸みを帯びたキャラ造形」のルーツを探る

小禄:
僕も伺いたかったんですけど、キャラ造形が結構丸みを帯びて可愛らしいものが多くて、そういうのどうやって決定されているのかなって。キャラクターのフォルムで榎本さんだってわかりますよね。

榎本:
トレードマークみたいになってる鼻の丸みがね、くりっとした目とか。しりあがり寿さんの絵を真似たのとか、しりあがりさんも鼻が出てたり、色々読んでたのでそういう影響もあるのかなって思ってますね。

そもそも『GOLDEN LUCKY』の時もビニールでできたような感じのシンプルな線のキャラクターがちょこちょこ出てきて、それは自分でも好きで描いていたんですね。今で言うところのキモ可愛い的なキャラクターは自分でも好きだったんですよ。

ちょっと不気味な感じのフォルムというか、それがどこからきているのか自分でもわからないんですけど、外国のアニメだったり外国のセンスが好きだったのかな。『モンティ・パイソン』とかでもテリー・ギリアムの不気味なアニメパートがあったりして、それが好きだったんですよね。ああいうキャラクターが出てくるわけではないんですけど、ちょっと不気味なタッチが好きだったんで、そういうのを好んで描いています。

郷介やみちろうみたいな描き込みの多いくわっとしたキャラクターもいれば、本当につるっとした線の少ないキャラクターもいて、全然タイプが違いますよね。『ムーたち』はどっちかっていうと線が少なくてシンプルで、なんか抜けててシュールな、前面にアピールしてこない作風でやってましたね。

小禄:
やはりかなり尖ったエログロナンセンスな作風なんですけど、この丸みを帯びたキャラクターでマイルドになるっていうのもあるのかなって思うんです。

榎本:
そうですね。『ムーたち』は笑わせたいというよりも、みんなにはわからないかもしれないけど、自分が生きてきた中で感じた概念や考えを絵にして、それを今までに描いたことのない表現でやってみよう、こんな思い考えを絵で受け取ったことがないと思ってほしいっていうのがあったので、それを邪魔しないようなキャラクターを考えていました。

発端はそうでも、コマごとにお父さんの顔が変わったり、テーマを邪魔するような演出をやっちゃったり、最初の思惑はやっていくうちにどんどん変わってしまって。「榎本最初はそういう風に言ってたじゃない」って言われても、そうなっちゃったんだからしょうがないよねっていう。

小禄:
思考がジェットコースターに乗っちゃってるから戻れない。

榎本:
映画監督の小津安二郎さんなんかはガチっと決めて、それ以外は取らない完璧主義みたいな。そういうタイプの漫画家さんもいると思いますが、『ムーたち』もそういう風に考えつつ、描きながら「あぁこっちがいい」ってその場で演出を変えてしまったりだとか、その魅力や力に対抗することができずにその時いいんじゃないかと思ったらそっちに引っ張られてしまう、みたいなこともありましたね。

『アンダー3』では「愛されるキャラクター」が作りたかった

遠藤:
Twitter上でご質問があったので伺います。『アンダー3』のキャラはどう作り上げたんでしょう。

榎本:
『アンダー3』は絶対信じてもらえないかとは思うんですけど、みんなに愛されるようなキャラクターを、と考えました。マリヨさんは自分の好みで、葛原さんとは違うけど近い、ツンとした感じで眼鏡をかけさせて、という性癖のオンパレードみたいなキャラクター。

主人公に近い普通のキャラクター、そう太ってのが出てくるんですけど、自分の中では『マカロニほうれん荘』のそうじくんのような立ち位置、『ストップ‼︎ ひばりくん!』の耕作のような、ぱっと見普通の男の子って感じのキャラクターを考えたんですよ。アニメ化できるくらいキャッチーに、まあ絶対無理なんですけど。

そういう意味では、『アンダー3』って破壊的に失敗作なんですよね。でも続いてるには続いてる。自分の思惑的にはみんなに愛されてアニメにもなって誰もがキャッキャッして話題にしてもらえるような漫画を描いてるんです。本当なんですよ。今クスって苦笑された方いましたけど。

小禄:
これが漫画の素晴らしいところだなって思うんですよね。令和時代になって表現の難しいところがあっても、「うるせぇ読め」みたいな感じといいますか。

榎本:
そこまでアンチポリコレとか思ってないですけど、ルールとか規範は大事だと思って自分は守ってやってるつもりですから。

小禄:
そこを創作で乗り越えていくというか、ちゃんと作品として出版されて届けられているってのが嬉しいなと思いますね。

榎本:
あれは注目されてないから大丈夫なだけで、見つかったらやばい案件だと思います、本当に。

「榎本俊二の注目漫画」と漫画家としての未来展望

小禄:
「好きな作家作品」というテーマに関しても、軽く触れていただけますと嬉しいです。

榎本:
そうですね。トミムラさんの好きな漫画家とかも聞いてみたかったですね。

小学校中学校くらいの時は松本零士さんが好きでしたね。『銀河鉄道999』とか。あと松本零士さんはエロい漫画を描いていて、自分の困った性癖とかはそこで開花させられました。松本零士さんの濡れ場って謎のアクロバティックな感じがあって、「こんなにサーカスみたいなもんなんだ」って間違った知識を植えつけられましたね。

ギャグ漫画では、『お父さんは心配症』とかも。少女漫画が好きで、中学校の時はりぼんとかマーガレット、別冊マーガレットを買って読んでいたので、絵柄的には少女漫画の影響を少なからず受けていると思います。岩館真理子さんとか大島弓子さん、陸奥A子さん、田渕由美子さんとかを読んでましたね。

最近の作家さんの作品も結構読んでいて、キャラクターが好きな漫画について考えていたんですが、今日出展もされているトキワセイイチさんという方が描いている『きつねとたぬきといいなずけ』っていう作品が面白くてかなり好きです。キャラも可愛いなって思いますね。

小禄:
では最後に、キャラといいますか、あっと言わせたい企画について伺いたいです。

榎本:
『アンダー3』でやったら大失敗だったんで、ちょっとキャラクターはこりごりだなってのが無きにしも非ずなんですが、何をやりたいかっていうと今やっているものの超正反対なものですかね。

今『アンダー3』でエログロを極北までって感じなので、それの逆方向を突き詰めてみたいです。本当にリアルな世界を舞台にしつつも、今までなし得なかった革命的なものを連発するような話を次は描きたいなって思っているので、それにぴったりくるようなキャラクターを作れればいいなって。

あとそれとは別に、さっき言ったように少女漫画からの影響がきっとあると思うので、それを意識的に絵に出してみるというか、今まで出したことなかったんで、少女漫画のタッチでいけないことをさせるというか、そういう弾けた作品は描いてみたいなという構想はあります。

小禄:
『アンダー3』を楽しみつつ、次は何が起こるのか読者の皆さんも楽しみに待っていただけたらなと思います。時間の方が押してるので質疑応答の方はスキップさせていただきます。皆さま、今日はお付き合いいただきましてありがとうございました!

編集・構成: 小禄卓也(ナンバーナイン)
文字起こし・校正: 西村未織、福田歩地(ともにナンバーナイン)

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