距離を保つこと


少し不思議なお話にもなりますが

人の感情に敏感なタイプ〝だった〟と思います。

過去形で書いたのはそうだと思い込みすぎで自分の生きる世界が狭くなりすぎても嫌だなと思って。

学生時代のアルバイトも含め
人と接することが多い仕事でしたので
先回りして何を望んでいるかを提供する必要があったからというのもあります。

人混みが苦手なのと、大勢の人が集まるところに長時間いると帰ってきてからの疲労感がとてつもない時もあり。
会話が楽しかった!という事も多いけれど、無理しすぎると疲れちゃうなぁと。

そんな風に自分の性質を見て、程よい距離感を保つことを知っていきました。

高校3年間寮生活をしてみて、それはそれで良い経験だったけど
良く投げ出さずにできたなぁって当時の自分褒めます笑

人と暮らす事は自分には難しいのかも?と思った時期もありましたが
お互いの距離感やスペースを尊重して大切にしていけば良いのかなとも思います。

それがお互いに理解できる相手だと良いですよね。

もしくは
↑で思ってたことさえも吹っ飛んでしまうくらい0距離になってしまうくらいの相手かもしれない!

今は色んなことが『自分らしく、私たちらしく』な時代になってきてるので
生活スタイルも自分たちで決めていけば良いと思います。

世間一般の多数決が必ずしも正しいとは思わないです。

その人にとっての幸せが、必ずしも世間で言われてる幸せと同じとは限りませんし。

常々わたしが言ってるSNSとの距離もそうです。

わたしはFFやONE PIECEなどゲーム漫画も大好きで2011年頃はいっつもTwitterを開いてて先輩からは
『チコは世界の終わりが来てもTwitter開いてるね』と笑われました笑

まず帰ったらパソコン開いてTwitter開きっぱなし。
スマホでも開きっぱなし…そんな感じでした。

30代になって
どんどん身の回りが便利なものに溢れるようになって欲しい情報はすぐにこの四角いスマートフォンで得ることができる。

旅行の予約も買い物もメッセージも…。

写真のSNSをやっていた時にふと『自分の世界を狭くしすぎてない?』と思いました。
そこからSNSとも程よい距離を保つようになったのです。

出かけた時には
こんな場所があったよ、これ美味しかったよ、こんな展示やってたよ、友人の告知のイベント行ってきたよ!を相互フォローの仲良い友人たちにお知らせしてたり

可愛い動物や美味しいごはん、新しくできた場所、展示のお知らせ、時事通信などの情報を程よく取るために見てます。

わたしにはそれくらいでちょうど良いかも。

話はちょっと変わって…

どんなに便利になっても、わたしは手書きにすることが好き

日々書き込んでるノートや手帳
自分なりの使い分けがあるよ!
ブルーノートがプロデュースしてたカフェ。
ブルーブックスカフェって名前も好きだったし
ちょっとヴィンテージな感じの店内も
好きだった。
アートな本があって
ちょっとアメリカンダイナーなハンバーグや
デザートも。
このノートラッキーなことにget!

時間がなければスマホに打ち込むのもありだけど
手書きの方がより脳に入り込むらしいです。

わたしは無印の無地タイプのノートと落書き帳が好きで勉強にはこちらに書き込んでます。

落書き帳には頭に次々浮かぶ言葉をここに書き写して整理。

話は戻って…

ネットは本当に不確定な情報も多いです。
専門家の方が発信してるものも多いですが

特にSNS関連に関しては、自分の心が揺らぐならわたしは見ないと決めました。

見ても良いし見なくても、わたし自身が日々感じる幸せに関係あるかな?と思ったら


常に自分主体で感情を感じるならば
関係ないな、と。

出来事は一つのきっかけです。
その事実があったとしても、真実はわかりません。

そこに想いを巡らせすぎて、本来の自分が揺れ動きすぎるならそっと距離を置く。

小さな四角いこの機械から目線を上げて
空を見たり、自然の中に出かけて音を楽しんだり
美味しいものを食べたり
本を読んだり映画を見たり。

そうする事でわたし自身の心身の健康美は保たれてバランスを取ってきたと思います。

懐かしくて昨日見てました。
彼女と喧嘩したというスタッフに『ちゃんと言葉にして伝えた?』と聞くシーンがあります。

ツイートやメールはたくさん送るけれど
本当に伝えたい事を相手に自分の声で目を見て伝えた?

自由な社風で全部がネット、スマホ、パソコン…な会社に勤める若者たちと70歳のシニアインターンとしてやってきたベンのふんわりと温かくなるやりとりが素敵な映画です。

英語も、若者たちが使うスラング的なのも学べて楽しい!

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