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『這う』(2000字のホラー)

気がつくと辺りは闇に包まれていた。
どうやら気を失っていたらしい。
腕を下げた状態でうつ伏せのまま地面に転がっていた。
左の側頭部に鈍い痛みがあったので触れようと手を動かそうとしたが
その手が冷たく硬い壁のような感触に突き当たった。
腕が動かせる範囲で闇に向かって手を突き出してみたがどこも同じだった。
どうやら狭い通路のようなところにいるようだ。
立ち上がろうと膝をついたとき背中に冷たい感触があった。
まさか、、、。

ぐるりと体を反転させて仰向けになった。
ここはいったいどこなんだ?
麻痺していた感覚が一気に蘇るように全身に恐怖が這い回った。
そうだ、たしかライターがあったはず。
ズボンのポケットをまさぐる指が100円ライターに触れる。
普段は気にも留めないちっぽけなライターがまるで聖剣のように思えた。
いそいでライターを擦ってみる。
もしや火がつかないのでは?という不安をよそに
ライターの光は辺りをぼんやりと照らし出した。

思った以上の狭さだった。
高さは膝をついてやっと歩けるほどしかない。
壁はどうやら土のようであるが硬くて指で掘ることは出来なそうだ。
俺は再びうつ伏せになると前方を照らしてみた。
左右の狭さとは対照的に遮るものは見当たらなかった。
闇がどこまでも伸びているように思えた。
いったいここはどこなんだ?
俺は何故こんなところにいるんだ?
いくら考えても混乱するばかりで何も浮かんでこなかった。

ザッ、ザッ、ザッ
「ん?あの音は何だ?」
後方から不気味な音が聞こえてきた。
まだかなり距離があるようだが、ゆっくりとしかし確実に
こちらに近づいてきている気がした。
(逃げなくては!)
本能が警告をあげていた。
俺はライターの火を消すと前方の闇へと進んだ。

ひざまづいているため思うほど速度が出ないが
それでも出来る限りの速度で先に進んだ。
先に進むにつれ目が慣れてきたのか辺りがぼんやりとではあるが
見えるようになってきていたが、わかったのは横穴のようなものはなく
ただ前に進むしかなかないということだけだった。
手足の皮膚が破れ、ひりひりと痛むが止まるわけにはいかない。

しばらくして進む足を止め耳をそばだててみる。
ザッ、ザッ、ザッ
後ろからの音はさっきよりも小さくなっていた。
俺は危険とは思いつつライターの火をつけてみた。
するとあることに気づいた、、、。
通路がさっきよりも明らかに狭まっている。
背中を低くして進んでいたので気がつかなかったが
もう膝をついていては天井に背中が触れてしまうほどだった。
左右の壁もさきほどよりも近い。
この先、もっと狭くなっているのであろうか?
しかしここで止まるわけにはいかなかった。
気づかないうちに後ろからの音は大きくなってきていた。
獲物を狙うヒョウのように低い姿勢で先に進んだ。
しかし狙われているのは俺の方だ。

通路は段々と狭くなり腕を使って這い進まなくてはいけなくなってきた。
ズッ、ズッ、ズッ
相変わらず後ろから聞こえてくるが、相手も這って進んでいるようで
音が少し変化していた。
そしてどうやら一定の距離を保っているようだった。
(俺が止まるのを待っているんだ、、、)
これまでの経験上、こういうときの嫌な不安は大抵の場合的中する。
俺は先を急いだ。

ついに腕を使うことさえ出来ないほど天井が低くなった。
俺は腕を下ろした格好で体全体を使って這っている。
肩をまわし、腰を上下し、つま先で蹴った。
ヘビやミミズにでもなった気分だ。
この状態でどこまで進まなくてはいけないのか。
この先はもっと細くなっているのではないか。
行き止まりになってしまうのではないか。
不安ばかりが心によぎる。
しかしそれでも先に進むしか道はなかった。

どれくらい進んだろうか。
ふいに目の前が明るくなった。
前方から光が差し込んでいる。
(あの光は外に通じている)
空気の匂いでそれが分かった。
俺は最後の力を振り絞って這い進んだ。
そして光に包まれるように外に抜け出した。
助かった!俺は助かったんだ!
俺は新鮮な空気を肺一杯に吸い込むと大きく伸びをした。

そこは山肌に開いた穴だった。
ちょうど人ひとり通れるくらいの小さな穴。
穴の奥を覗いてみたが穴は深く見通すことなど出来ない。
そのとき、穴の奥からあの音が聞こえた。
ズッ、ズッ、ズッ
そうだ。俺は外に出られた喜びにかまけて大事なことを忘れていた。
俺が逃げようとしたまさにその瞬間、穴の中から何かが這い出てきた。

なんと、それは人間だった。
全身が土にまみれあちこちから血を流している。
俺と同じように全身を使ってあの狭い穴を這い進んできたに違いない。
「大丈夫ですか!」
俺は駆け寄り、声を掛けた。
すると大きく口を開け深呼吸をしていたその人物がかすれた声で言った。「うしろ、うしろ、、、」
俺は振り返ると穴を見た。
すると、俺たちと同じように体を使って這いずる人たちが
次から次へずるずると穴から溢れ出てきた。
そしてそれはいつ尽きるともなく続いたのである。

(2000字)

以前書いたものに手を加えて「2000字のホラー」という企画に
投稿して見ました。
元ネタは、マガジン『昔、書いた落書き』に収録しています。

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