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『ガムテープ女』(2000字のホラー)

日曜日の早朝、空気は乾燥して少し冷たい。
俺は寝巻き代わりのスエット上下のまま
素足にクロックスというだらしない格好で
近所のコンビニまで玉子を買いに向かっていた。
今日は息子が所属するサッカークラブの試合があり
弁当がいるのに玉子を切らしていることに
朝、気づいたのだという。
エプロン姿で財布を渡す妻に布団の中から
玉子なんて無くても弁当は作れるだろうと言うと
息子が負けてもいいの?という答えが返ってきた。
妻の玉子焼きでサッカーに勝てるのなら
俺はそれをサッカー選手に売り出して大もうけするよ。

後ろから車が近づいてくる音が聞こえてきた。
かなりスピードを出しているようだが
突っ込んでくるなんてことはないだろうな。
そう思った矢先、俺のすぐ横を黒いワンボックスが
太いエンジン音で吼えながら通り過ぎていったかと思うと
急停止した。
少し距離はあったが俺は歩みを止め身構えた。

後ろのスライドドアが乱暴に開かれる。
窓を閉め切っていたのであろう。
ロックの大音量が溢れるように車外に流れ出す。
中からはタトゥーの入った若い男の太い腕が出てきた。
そしてその腕が車の中から何かを外に放り出した。
放り出されたものは、まあまあの大きさがあり
少なくとも2人以上で車外に出したように見えた。
口々に何かを叫んでいるようだったが
何を言っているのかは理解できなかった。
クスリでもやっているのかも知れない。
やがてタトゥーの腕が乱暴にスライドドアを閉じ、
車は俺に気にする様子もなく爆音とともに走り去ってしまった。
放り出されたものがもぞもぞと動いている。
シーツのような布に包まれたそれは人の形をしていた。

俺は慌てて駆け寄ると布を剥いだ。
中から出てきたのは赤いワンピースを着た女性だった。
長い髪の毛を振り乱しながら苦しそうに蠢いている。
ガムテープで両足を太もものあたりでぐるぐるに巻かれ
腕も同様に手首のあたりをきつく巻かれていた。
細い指の先に塗られた赤いマニキュアが
何かを引っ掻いたようにぼろぼろに剥がれている。
そして彼女の顔にもガムテープが幾重にも巻かれていた。
空気穴を作ることなど最初から考えていなかったように
顔全体をめちゃくちゃに巻かれ、
口のあたりが大きく膨らんだりへこんだりしていた。
こいつはヤバいぞ。
俺は急いで顔のガムテープを剥がしにかかった。

ガムテープは思ったよりも剥がれにくく苦戦した。
口のあたりの膨らんだりへこんだりが
さっきよりも小さく早くなっていく。
俺は指が痛むのも構わず必死にガムテープを剥がした。
やがてガムテープの隙間から彼女が息が吸うのが分かった。
彼女の吐いた生温かい息が手に触れる。
俺は安堵するとともに何故かその感触にとても嫌悪感を覚えた。
その瞬間、口を塞いでいるガムテープが
バリバリという音とともに横一文字に大きく裂けた。

最初は彼女が口を開けたためにガムテープが剥がれただけ
のように思われたが、その裂け目から現れた空間は
彼女の口の幅をゆうに超していた。
俺にはまるで、顔そのものが真横に裂けたように思えた。
「え?」
その裂け目からは、通常の倍はあろうかと思えるくらいの
大きくて鋭く光る歯が何本も見えていた。

ぐぇぁぁぇぁあ・・・!!
彼女が突然叫びだした。
とても人間の発するものとは思えない。
彼女はノコギリのような大きな歯で
手首を巻いているガムテープをいとも簡単に引きちぎると
その手で太もものガムテープを剥がしだした。
俺は体が言うことをきかずその場を離れることが出来なかった。

やがて彼女は太もものガムテープをすっかり剥がしてしまうと
くねくねと蠢きながら立ち上がった。
その姿はどこか体の軸がずれているようにいびつに歪んでいた。
そして、ゆっくりとした動作で
顔に巻かれた残りのガムテープを剥がしはじめた。
その隙間から死んだ魚のような目が見えて
俺の姿を捉えたのがはっきりと分かった瞬間
俺は呪縛が解けたように「それ」から逃げ出した。

もつれる足で何度も転びそうになりながら
誰もいない住宅街をめちゃくちゃに走った。
駆け出したときにはまだ動かなかった「それ」も
今は人間とは思えない叫び声を上げながら俺を追ってきている。
その距離は段々と縮まっているように思えた。
ふと後ろを振り返ると思ったよりも近くにいた。
手と足がバラバラに動いているようなぎくしゃくした動きで
確実に俺に近づいてきている。
顔のガムテープはまだ剥がれきっていない。
俺はまた走り始めた。

もうだめだ、これ以上走れない、、、。
足も心臓もとっくに悲鳴を上げている。
俺は立ち止まり後ろを振り返った。
「それ」はあと数歩の距離まで迫ってきていた。
そして俺が止まったのを見届けると俺目掛けて飛びかかった。
覚悟を決めてぎゅっと目を閉じた瞬間、強い衝撃があり
俺は「それ」といっしょに地面に倒れこんだ。
すると「それ」は俺の体を抱き締めるようにがっしりとつかむと
俺の顔をじゃれる子犬のようにべろべろと舐め始めたのだった。

(2000字)

以前書いたものに手を加えて「2000字のホラー」という企画に
投稿して見ました。
元ネタは、マガジン『昔、書いた落書き』に収録しています。

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