『抽選券』
握りしめた手の中には、
くしゃくしゃになった紙切れ1枚。
広げてみると何かの抽選券のようだが、
いつ手にしたものか記憶がない。
「やぁ、やはりあなたも来られてましたか」
いつの間にかすぐ隣に立っていた男が話かけてきた。
どうやら俺のことを知っているらしいが、
俺にはどこの誰だかさっぱり覚えがない。
話し方からして、昔の知り合いというわけでも
ないらしい。
それどころか、毎日でも会っているような感じだ。
「あぁ」
俺は曖昧に答えておいた。
しかし、これは何の抽選券なんだろうか?
詳しい説明は何も書いていない。
俺は隣の男に聞いてみることにした。
「あの、これ、、、」
言い終えないうちに男が歩き出した。
「さぁ、行きましょう」
仕方なく訳もわからないまま
男のあとをついていくしかなかった。
歩きながら周りを見回すと、
どうやらここはデパートのようだった。
俺はいつ、ここに来たのだろうか?
商品棚を見るとどの棚も商品が置かれているが
何故かそれが何なのかが分からない。
置かれた商品が何か分からないのではなく、
見ようとしても、どの商品もまるで
焦点が合わないのだ。
俺は男の背中だけを見ることにした。
男がふいに立ち止まった。
「着きましたよ」
目の前に人だかりが出来ている。
俺には突然、人だかりが湧き出たように思った。
その時、鐘の音が鳴り響いた。
「おめでとうございま~す!!
大当たり、大当たりで~す!!
はい、あと一人、あと一人ですよ~!!」
会場が一斉にざわめきたった。
みんなの目の色が変わる。
よっぽどすごいものが当たるらしい。
何だか興奮している俺がいて、
少し恥ずかしくなった。
「さぁ、ここからは抽選方法を変えま~す!!」
どうやら当選者が残り1名なのに対して、
会場で並ぶ人の数が多すぎて面倒になったらしい。
会場からは不満の声もあがったが、
順番待ちにうんざりしていた俺に
異存はなかった。
どうせ当たりはしないんだ、
手っ取り早く済んでいい。
「みなさ~ん、抽選券を開いてくださ~い!!」
開く?
俺は抽選券を見た。
開くって何だ?
「さぁ、早く開かないと始まっちゃいますよ」
俺をこの抽選会場まで連れてきてくれた、
俺のことを知っているらしい男が
俺の方をじっと見ている。
俺が自分の抽選券を手にすると、
男も抽選券を取り出した。
男は抽選券を両手に持つと、
本でも開くような仕草を見せた。
1枚の書ききれだと思っていた抽選券が
開かれた先にはハズレと書かれていた。
「あぁ~、ハズレちゃったかぁ~」
男は会場をあとにしようとして、
俺の方を見た。
「あれ、まだ開けてないんですか?」
男の視線が俺の手にある抽選券に
釘づけになっている。
「はぁ」
俺は抽選券を見た。
「あの、これ、、、開くんですか?」
「あれ、知らなかった?」
男は俺の抽選券を手にすると、
簡単に開いてみせた。
「あ、当たってる、当たってますよ、ほら」
男が俺の目の前に抽選券を突きつけてきた。
確かにそこには、アタリの文字が書かれている。
「なんで?」
俺は男から抽選券を受け取りながら
疑問を投げかけた。
「あれ?知らなかったんですか?
こういうときのためにあるんですよ、
大概の抽選券にはついていますよ」
「へぇぇ、そんなもんなんですか、、、」
俺は抽選券を見直してみた。
「当たってま~す、この人、当たってますよ~」
男が叫びながら俺の手を取ると、
高く上げた。
「え?」
突然のことにあっけにとられて
手を上げていると、
会場中がざわめきだした。
「最後の1人、アタリ出ました~」
会場に鐘が鳴り響く。
俺の手から抽選券がなくなり、
代わりに賞品を握らされる。
周りのみんなは、羨望の眼差しで
俺を見ている。
俺の当てたものは、みんながとてつもなく
欲しいものらしい。
「100万でどうですか?」
「いや、そいつが100出すなら、俺は200出す」
なんて声がそこらで聞こえてくる。
しかし、俺の手にあるこの賞品なんだけど、
いくら見ようとしても
どうしても焦点が合わずに
いったいこれが何なのか
さっぱり分からないんだよなぁ。
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