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『トカレフ (another ver.)』

「で、このトカレフで銀行強盗してみない?」

俺たちは会社からくすねた100円もしない
ボールペンと新聞広告の裏の白い紙を使って
銀行強盗の計画を練った。
「たしかこの間パーティーで使った
マスクがあったよな」
「着るものはお揃いのスウェットね、
グレーのやつ」
まるで旅行のスケジュールを立てているみたいだ。

「よし、完璧だ」
何枚も書き直した計画書を見つめて俺が言い、
彼女がうなづいた。
俺はクローゼットから大きな紙袋を取り出した。
中にはパーティーグッズが入っている。
「もう使わないと思ったけど、
捨てなくてよかったな」
俺は紙袋からマスクとアフロのかつらを
2つずつ取り出すとテーブルの上に置いた。
彼女はパジャマがわりに置いてある
スウェットスーツを俺の分と2着、用意している。

そのとき、彼女が小さく、あ、とつぶやいた。
「ん?どうした?」
「そういえば今日、銀行お休みじゃない」
そうか、今日が休日だってことを
すっかり忘れていた。
一瞬、彼女の首がうなだれたかと思ったが、
すぐにまた起き上がった。
「銀行がだめならさ、宝石店なんかどうかな?」
俺の目をまっすぐに見つめて言う。
俺は新聞広告の裏に書いた計画書を手に取った。
「しかし、そうなるとまた計画の立直しだな」
彼女は俺の手から計画書をさらうと
どこかで聞いたか読んだかしたことを言った。
「あまりにも緻密な計画は、
ほんのわずかな狂いで脆くも崩れ去るため
ある程度の遊びの部分が必要である」
そして、計画書を俺に返しながら微笑んだ。
「このままでいいんじゃない?
銀行も宝石店もそんなに変わんないよ」
俺は反論しようとしたが、彼女に言われると
なんだかそんな気がしてきた。
「ま、そうだな。
じゃぁ、このままでいくか」

俺は大きな黒いカバンに、
パーティーグッズのマスクとアフロのかつらと
グレーのスウェットを詰め込んだ。
そして、シャツをめくって
トカレフをジーンズに挟むと
既に靴を履き終えた彼女の待つ
玄関へと向かった。

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