生理
指を差し込み、内壁を撫でる。案外どろりとはしていなくて、かたまりになった黒いゲルが付着する。その黒を電灯にかざす。角度を変えると、光が鳶色に反射して、琥珀みたいだなと思った。太古の命が閉じ込められた、あの石のようだと思った。
子宮からあふれた血はあまい。わたしを包むこのあまい香りがわたしは好きだ。他人のそれはわからないのに、なぜ自分の香りだけはわかるのだろう。鼻ではないどこか、どこか体内で、その香りを嗅いでいるのだろうか。
それならばとわたしは指を鼻にちかづける。あいもかわらず黒いゲルはふらりと揺れ、太古のともしびが微かに薫る。
あまい、あまい、あまい。閉じた目の奥になにかが見えた。洞窟のなかの焚火?おかあさんのお乳?おとうさんの大きな手?声が聞こえる。声が聞きたい。だれの?
息を吐いて目を開ける。そのまま指をなめた。
味はしなかった。ただ、少し経ってから鉄のにおいが鼻の上を通り過ぎていった。
自分の身体がいろんな物質で出来ていることを思い出した。いつのまにかぜんぶ自分のものだと勘違いしていた。
おふとんなのだと教えてもらった。
この血は、赤ちゃんのおふとんなのだと。
おふとんはわたしに、くるしくなるようなあたたかさと、そして、ほんのすこしだけ死を思わせた。
わたしは初めてぬくもりを湛えた死をこの手に感じた。この鼻に、この舌に感じた。そしてなにより、おなかのなかに感じた。生きている自分のなかに、死を感じた。